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進取の将棋BACK NUMBER
「棋士は孤独な戦いです。だからこそ…」中村太地が振り返る“順位戦の苦悩、念願のB級1組昇級・計8局の偽らざる心境”
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph byTomosuke Imai
posted2022/01/22 11:01
中村太地七段は今期順位戦B級2組で8連勝を飾り、自身にとって初となるB級1組昇級を決めた(2021年撮影)
要因としては、私が勝負に行くタイミングを間違えた際に差をつけられた。個人的には「ハッキリとダメでは……」と感じていた状況が何手か続き、1分将棋にもなりました。ただ中川先生の方に安全にいくのか、少しギリギリのところを斬り合うのか悩ましい局面があり、前者を選んだ結果、形勢が混沌としました。そこから最後の最後まで二転三転して、最後に形勢の針が私に振れた、という感覚です。
もちろん棋士としては最善を尽くすのですが、全対局で優勢のまま勝つという将棋はできるものではない。野球の野村克也さんが「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」との言葉を残されていますが、まさにその表現がピッタリの一局でした。
第7局は1分将棋、第8局は浮足立ったものの
<第7局:井上慶太九段>
こちらも負けを覚悟した将棋でした。YouTubeで配信されていたのでご覧になってくださった方も多いそうですが、終盤がとても難しく、こちらも私が不利になった中で、勝負手で迫っているうちに形勢がごちゃごちゃになった。
さらにこの対局は、井上先生は持ち時間が残り約1時間半の状況で、私は1分将棋に突入しました。その状況は……仮に自分が優勢だったとしても、勝ち切るのが難しい。そういう意味で厳しい一局でした。
これほどの時間差について、何か感じるものか、ですか? 正直に言うと、相手の持ち時間を考えてしまうと、もう絶望してしまいます(苦笑)。なので、自分の持ち時間にとにかく集中するように心がけた。その一手一手を積み重ねていった結果、勝利を手にすることができたのだと思っています。
<第8局:阿部隆九段>
後手番で迎えた本局、想定とは違う矢倉で進み、やや受け身に回る展開に。そこから私の方に攻めのターンが回ってきたタイミングがあってペースを握りかけました。
ただそこで少し読みがまとまらないまま、持ち時間もあるのにパッと指した手で再び互角に戻してしまうという展開になりました。
今考えると、そこには「順位戦で8連勝目がかかっている」と頭の片隅にあったような気がして、浮足立ったのかもしれません。それでも冷静になって、セオリーとは少々違う手を発見して、そこからしっかりと読みを入れて勝ち切ることができました。
スポーツにたとえると……野球の先発投手が味方打線から援護を受けたものの、不用意な失投をして同点ソロ本塁打を浴びる、という感じでしょうか。ただまだ試合全体としては挽回が可能で、そこから気持ちを立て直して投げ切れた、という切り替えができたのは、反省しつつ糧にしなければなと感じています。
残り2局もさらなる重要性がある、と感じる理由
なお第9、10局の相手は藤井猛先生、鈴木大介先生です。将棋ファンの方ならご存じでしょうが、おふたりとの対局を残していると考えれば、8局時点で決まったのは、私にとって返す返すも幸運以外の何物でもありませんでした。
とはいえ、私にとってこの2局は、さらなる重要性を持つものだと考えています。