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「『頑張りました』っていう話にしているだけ」人気漫画原作者が語る、パラドラマを“感動ポルノにさせない”方法
text by
松尾奈々絵(マンガナイト)Nanae Matsuo
photograph by香川まさひと・若狭星 / 小学館ビッグコミックス
posted2021/09/03 11:00
ブラインドマラソンを描く『ましろ日』。この作品の原作者である香川まさひと氏にパラスポーツを取り巻く“感動ポルノ問題”について聞いた
スポーツ漫画の多くが最初の数ページ目で、その競技を描くことが多い。しかし、『ましろ日』は、単行本1巻の最後にブラインドマラソンの描写が登場するものの、主人公が「スポーツ(=ブラインドマラソン)」に出会わないまま、1巻分の物語が終わってしまうのだ。
この始まり方について、編集担当でビッグコミック副編集長の田中潤さんは「主人公が急に走り出してしまったら嘘になってしまう。中途失明をした方は、街に出るまでにも数年を要する方が多いんです。だからこそ、山崎の心の動きを綿密に描く必要があった」と、当時の構想を説明してくれた。
この心の繊細な描き方は、登場人物の言動にも表れている。
このセリフは、作中で主人公の山崎より先に障害者ランナーとして活躍する上杉のものだ。上杉はランナー歴が長く、大会等にも出場しているが、野心が強いためか、山崎や伴走者のひかりに対して少し冷たい人物として現れた。
「取材を重ねて色んなランナーがいると分かった。だから、“ちょっと悪い”という人も書きたかったんです。この『ちょっと悪い』というのは、『ちょっと良い』とも言えます。『障害者はいい人』と描かれがちですが、悪くなってもいい自由があるわけです。そこを頑張って描きました。その方がキャラクターは魅力的になって、よっぽど動いてくれる。自然と、リアルな言葉を言ってくれるんですよね」
「障害者」という枠組みではなく、登場人物一人ひとりの心情や性格を描く――。こうして「“感動ポルノ”と一線画す」作品は生まれたのである。
二人三脚でゴールへ「マラソンとは全く違うスポーツ」
ブラインドマラソンとは、視覚障害を持つ方が走るパラスポーツ。ランナーと、きずなと呼ばれるロープを持って一緒に走る伴走者が、二人三脚でゴールを目指す(障害の程度によって3つのクラスがあり、ランナーが単独で走る場合もある)。
本作は、ブラインドマラソンを題材に、「走る」という行為の気持ちよさ、爽快さを存分に表現しながら、人と人との繋がり、そこで起こるドラマを描いている。では、なぜマラソンではなく、ブラインドマラソンを題材に選んだのだろうか? 香川さんは、その理由を「マラソンとは全く違うスポーツであり、シンプルにスポーツとしての魅力がある」と話してくれた。