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「着替える場所がない」「まだ男性を背負えない」山岳遭難救助隊に入った女性隊員(27歳)のタフな毎日《遭難事故年間200件》 

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千葉弓子

千葉弓子Yumiko Chiba

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photograph bySho Fujimaki

posted2021/08/07 17:02

「着替える場所がない」「まだ男性を背負えない」山岳遭難救助隊に入った女性隊員(27歳)のタフな毎日《遭難事故年間200件》<Number Web> photograph by Sho Fujimaki

日本のトップトレイルランナー・秋山穂乃果(27歳)は3年前に警察官に転身した

「ちょっと変に思われちゃうかもしれませんが、負荷を高めるためです。あるとき、寝る前にギリギリまで追い込んでから寝たらどうなるだろうと試してみたんですけど、すると、筋トレをして走り込んだときのような重い疲労感が得られまして。元気な状態でトレーニングをしているときよりも自分を追い込める。走ってもバーベルを上げても、何をしても通常より夜勤明けの方がしんどい。あたりまえですよね(笑)。でも、レースでも後半は似たような状況になるので、それを日常のなかで自然な形で経験できるのはメリットが大きいと思っています」

 訓練と同じような負荷をかけるため、休日に20kmほど山を走る際にも、重いザックを背負っている。このところ目に見えて、太ももが太くなってきた。

「こういう練習を積んでいると、気持ちも強くなっていく気がします。日本海から太平洋まで日本アルプスを縦断するトランスジャパンアルプスレース(TJAR)というレースがあるのですが、そこでは選手の皆さんは約1週間寝ずに走り続けます。私も山岳遭難救助隊員としてしっかりとしたスキルを身につけ、35歳くらいになったらTJARに挑戦してみたいですし、万が一の状況で女性でも登山者を救助できるくらいの力をつけておきたいんです」

「救助するのはこっちなんだぞ」山小屋で怒られることも

 山岳遭難救助隊員として自らを磨くことに全力を傾ける秋山のトレーニングは、必ずや競技にも活きるはずだし、逆に競技によって強化される精神力が現場で活きることもあるだろう。いま秋山にとって、トレイルランナーとしての目標はどこにあるのか。

「まずは秋の世界選手権で入賞すること。しっかり結果を残したいと思っています。もう少し長期的な視点でいえば、日本でのトレイルランニングの理解を深めていきたいです。トレイルランニングのシューズやウエアで山小屋に行くと今でも嫌がられることが多いんですね。ザックに雨具や必要な装備は携えているのですが、少ない荷物で走っていると思われてしまって、山岳遭難救助隊なのに山小屋の方から『救助するのはこっちなんだぞ』と怒られることもあって、その度に、トレイルランニングは山であまり快く思われていないのだと感じてしまう。自分はたいしたことはできないのですが、競技活動と仕事を通して、少しでもトレイルランニングの理解が得られるようになればと思っています」

 山岳遭難救助隊員として自分が山の経験を積み、技術を向上させていくことで、山の世界におけるトレイルランの見え方を変えていけるかもしれない、そう秋山は信じている。そして、漠然とこんな夢も。

「欧米など海外では3000m級の山々で開催される素晴らしいレースがたくさんあるんです。日本ではまだまだ難しい状況ですが、いつか日本でもいまよりトレイルランニングへの理解が深まって、世界から選手を招けるようなレースが長野県の美しい3000m級の山々でできるようになったらいいですね」

(【前回を読む】「こっそり前の会社をやめました」トレイルランの日本トップ女子選手(27歳)が長野県警《山岳遭難救助隊》に転身するまで へ)

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