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「チームメイトにも相談できなかった……」川崎から広島へ移籍、31歳・辻直人が語った“本当の理由”とは?
text by
ミムラユウスケYusuke Mimura
photograph byKAWASAKI BRAVE THUNDERS
posted2021/07/06 17:01
川崎ブレイブサンダースから広島ドラゴンフライズに移籍した辻直人
最終的に移籍することになったのはなぜか?
逆に言えば、胸を張れるような一体感を作れた手応えも、自らを次のステップへ向かわせることになったのかもしれない。
「僕は『プレイヤーとしてもう1ランク上を目指す』とシーズン前に言っていたわけですよね? プレーの面では、それとは少し違うというか……」
最終的に移籍することになったのはなぜか。
結局のところ、辻がクラブに求めるもの、クラブが辻に提供できるもの、それぞれが最後のところで合致しなかった。例えば、選手とクラブとが違う役割を期待するのであれば、給料や契約期間など目に見えるものでそれだけの評価を示すことが求められる。逆に、クラブと選手のやりたいことが重なる部分が大きければ大きいほど、数字で表せるような評価の重要性は下がる。
やりがい、給料、契約年数、ポジション、クラブでの役割、チームと選手の置かれた環境……。いくつもの要素が絡み合い、交渉は進められる。今回だってお互いに愛情を持って話し合った末で、「双方の考えがある中でどうしても条件が合わなかった」(北卓也GM)として、別々の道を歩むことになった。それぞれに事情があり、悪者はいない。川崎の関係者のコメントからも、川崎名物のYouTubeチャンネルでの辻のお別れ企画動画からも、それは明らかだ。クラブと辻とが、お互いをリスペクトする気持ちはいたるところに表われている。
移籍の噂は“椅子取りゲーム”のように
ただ、辻がつらいと感じたのは、決断を下すまでの日々にあった。新シーズンの契約に向けての様々な交渉は、諸条件をクリアした上で1月から解禁になる。シーズンの後半戦にさしかかる時期だ。昨シーズンも、その時期から各選手の去就に関する噂が少しずつ回り始めた。
噂が回る理由はシンプルだ。バスケットボールは、サッカーや野球と違って、1チームに登録できる人数が著しく少ない。インターン制度にあたる特別指定選手などの例外を除けば、基本的に1チームで最大13選手しか登録できない。誰かが移籍するなら、あるチームの貴重な1枠があき、別のチームの枠が1つなくなる。だから、ある選手や関係者が交渉の過程で噂を聞けば、それは貴重な情報として他の選手や関係者に伝えられる。その代わりに、今度は別の情報が得られて……。噂が広がるのは、椅子取りゲームのように制限のあるバスケ界の選手登録の仕組みを考えれば避けられない。
「外部の人に一切相談しなかったし、気を使っていたけど、やはり、噂って回ってしまうじゃないですか。それは酷でしたよ。『どうせ辻はシーズンが終われば川崎を離れるんだから』と周囲に思われているのではないかと不安になったり……」
後に、キャプテンの篠山は、地元・神奈川新聞のインタビューのなかで、こう語っている。
「一番残念なのは相談してもらえなかったこと。互いに気を使っていたと思うけど、自分としてはそこで一歩踏み込めなかったことにすごく後悔している」