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【F1開幕】「負けたままでは撤退できない」エンジニアの誇りを懸け、ホンダが“前倒し”新PUで最後のシーズンに挑む
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byGetty Images
posted2021/03/25 17:01
バーレーンで行われたプレシーズンテストで、レッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンは1番手のタイムを記録した
「浅木から、『なんでもっと早く教えてくれなかったの』って、電話で言われたことはいまでも覚えています」
21年限りでF1を去るということは、22年用に開発をしている新骨格がお蔵入りとなるからだ。無理をして開発を早めようにも、計画の大幅な変更は多額の予算の見直しが必要となる。そこで浅木は八郷隆弘社長に直談判に出た。
「このまま新骨格を出さずに終われません」
20年型をアップデートしたPUの伸び代と新骨格の伸び代は大きく違う。ホンダとしては、F1最終年はなんとしてでも、新骨格のPUでチャレンジしたい。その思いは経営サイドも重々承知していた。「エンジニア冥利に尽きるように終わらせてあげよう、という判断ですね」(山本)と、新骨格PUの前倒しが許可された。
その時、20年シーズンはすでに秋を迎えていて、レッドブルの21年用マシンは従来型PU想定で開発を始めていた。開幕まではあと半年しかない。さまざまな変更を伴う新骨格のPUの開発をいまから本格化させて、本当に間に合うのか。ホンダの社内でも、不安の声がなかったわけではない。だが、浅木は「やり切れる」と前倒しを断行した。それはエンジニアとしてのプライドだった。
上位独占のテスト結果に高まる期待感
レッドブルとアルファタウリもホンダを信じ、新車の設計を見直した。果たして、新骨格のPUは間に合い、2チームの新車に搭載され、3月12日から3日間行われたプレシーズンテストでは、ほぼ想定していた通りの内容を遂行できた。そしてテストを終えてみると、レッドブルとアルファタウリの2台が上位を独占していた。
ホンダはF1挑戦をとおして、技術者たちの目標を達成する強い意志と情熱を培ってきた。その情熱がホンダの礎となり、これからもホンダを支えていく。
「勝つか負けるかはわかりませんが、負けたままでは撤退できません。今シーズン、なんとかチャンピオンを獲得して、技術者たちには世界一になったという自信を糧に、今後のカーボンニュートラルなどの新分野で活躍してもらいたい」(浅木)
特別な思いを胸に、ホンダにとってのF1ラストシーズンが、いよいよ開幕する。