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「ハミルトンの記録を抜きたい」日本人最年少F1デビューの20歳角田裕毅に世界が期待する理由 

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尾張正博

尾張正博Masahiro Owari

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posted2020/12/31 11:01

「ハミルトンの記録を抜きたい」日本人最年少F1デビューの20歳角田裕毅に世界が期待する理由<Number Web> photograph by Getty Images

年末のリモート会見では「F1マシンの強大なGに耐えられるよう特に首の強化トレーニング」をオフの課題として挙げた

16歳でライセンスを取得した角田を支えたホンダ

 20年のF1最終戦アブダビGPでポール・トゥ・フィニッシュを飾ったマックス・フェルスタッペン(レッドブル)が4輪レースにデビューしたのは16歳。19年のイタリアGPで10年のフェルナンド・アロンソ以来9年ぶりにフェラーリ・ドライバーとしてイタリアGPを制したシャルル・ルクレールも四輪デビューは16歳だった。20年の開幕戦で表彰台を獲得したランド・ノリス(マクラーレン)は15歳で4輪レースにデビュー。20年の第16戦サクヒールGPでルイス・ハミルトンの代役としてメルセデスから出場し、レースの大半をリードしながらピットストップミスで敗れたジョージ・ラッセル(ウイリアムズ)も四輪デビューは16歳。20年の第14戦トルコGPで初のポールポジションを獲得したランス・ストロール(レーシングポイント)は15歳で四輪デビューを果たしていた。

 16年に16歳で限定国内A級ライセンスを取得し、FIA F4日本選手権にスポット参戦した角田を支えたのがホンダだ。鈴鹿サーキットレーシングスクール(SRS-Formulaアドバンス)を卒業して、ホンダ・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクトのメンバーとなった角田は、2年後の18歳のときに同選手権を圧倒的な速さで制覇。このシーズン途中、ホンダは角田に海外でのレース活動を視野に、ハンガリーで行われたF3の合同テストに参加するチャンスを与えた。

ヨーロッパF3選手権トップのドライバーを上回った

 このときのハンガリーで角田は、自分のキャリアを大きく飛躍させる人物と出会う。レッドブルのドライバー育成システムである「レッドブル・ジュニアチーム」を監督するヘルムート・マルコ(レッドブル・モータースポーツアドバイザー)だ。

 レッドブル・ジュニアチームは未来のF1ワールドチャンピオンの発掘を目的に、01年にマルコによって設立された育成システムだ。ここからセバスチャン・ベッテルがF1チャンピオンとなり、マックス・フェルスタッペン、ダニエル・リカルド、カルロス・サインツ、ピエール・ガスリー、ダニール・クビアトら多くのF1ドライバーを輩出している。

 ハンガリーでのF3合同テストには、レッドブル・ジュニアチームに所属する若手数名も参加。その中には当時ヨーロッパF3選手権でランキングトップだったドライバーも含まれていた。しかし角田はそのレッドブル・ジュニアドライバーたちを上回るタイムを叩き出したのだ。

 当時、ホンダはレッドブルの姉妹チームであるトロロッソにパワーユニットを供給していたこともあり、レッドブルはホンダとパイプがあった。マルコはすぐにホンダにコンタクトをとり角田のレース経歴を照会。ホンダの了承を得て、19年からレッドブル・ジュニアチームの一員とすることを決定する。

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角田裕毅

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