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伝説のヨットマン、最後の大勝負。
セールGPはヨットのF1になれるか。 

text by

中村計

中村計Kei Nakamura

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photograph byYuki Suenaga

posted2019/10/25 15:00

伝説のヨットマン、最後の大勝負。セールGPはヨットのF1になれるか。<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

早福和彦(右)と笠谷勇希(左)。日本にヨットレースを観るという文化を根付かせる戦いが始まる。

ショービジネスとして成立していなかった。

 2017年夏、早福は次のアメリカズカップ挑戦に向け、オーストラリア人の妻と12歳の一人息子とともに、17年ぶりに日本に住居を構えた。だが、挑戦が決まるまでは無収入だ。貯金を切り崩しながら生活していた。

「まったく先が見えなかった。家賃が高いので、このままだと実家がある新潟にいったん帰らなければならないかも……と妻には話をしていたところなんです」

 そんな状況の中、水面下で進行していたのがセールGPプロジェクトだった。日本の窓口でもある早福のもとには何度となく報告が入ったが「ジェットコースターのように『やる』『やらない』を繰り返していた」という。

 セールGPを立ち上げたのは、世界2位のソフトウェア企業、オラクルの創業者であるラリー・エリソンだ。ヨット好きで知られるラリー・エリソンは「オラクル・チームUSA」を率いて、アメリカズカップも2度制している。

 アメリカズカップは、さまざまな点において特殊なイベントだ。勝っても賞金はない。そして長い間、「見せる」ことに無関心だった。遠くの海で動いているのか動いていないのかわからないヨットを双眼鏡で眺める。それがアメリカズカップの観戦スタイルだった。

 それゆえ、莫大な費用がかかるものの、ショービジネスとして成立しているとは言い難かった。

ラリーの改革は潰えた。

 ラリーは王者の特権を生かし、そんなオールドスタイルを根本から変えようとした。岸壁近くに周回コースをつくり、さらには船を「空飛ぶヨット」と呼ばれる水中翼を持つカタマラン(双胴船)に変えた。レース中、ヨットが水中から浮かび上がると大歓声が湧く。よりエキサイティングな「見るスポーツ」に変革した。

 ファンの関心を継続させるために、いずれは開催期を2年に1度に短縮するプランも考えていた。

 ところが前アメリカズカップでオラクルは「エミレーツ・チーム・ニュージーランド」に敗退、3連覇を逃した。

 5大会ぶりに優勝したニュージーランド勢は、かねてよりラリーが進めていた方向性に難色を示していた。王座を明け渡してしまったことで、ラリーの改革が停滞することは目に見えていた。そこでラリーはアメリカズカップとはまったく別のリーグをいちから立ち上げる決断をしたのだ。

 保守という軋みが生んだ革新だった。

【次ページ】 時速100キロで水上を走る緊張感。

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早福和彦

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