オリンピックへの道BACK NUMBER
「異端」「変わり者」の男の銀色。
柔道・向翔一郎はなぜ泣いたのか。
posted2019/08/30 12:00
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
Kiyoshi Ota/Getty Images
価値ある銀メダルだった。
8月29日、柔道の世界選手権男子90kg級で、向翔一郎が銀メダルを獲得した。
日本が苦しんできた階級である。
海外選手の層が常に厚く、世界選手権で日本勢が優勝したのは2005年が最後。銀メダルも2011年までさかのぼらなければならないことが、その苦闘ぶりを示している。そんなシビアな戦いが繰り広げられてきた階級に挑んだのが……向だった。
23歳、初めての舞台である。
だが向は初戦から物怖じせず、試合に挑む。背負い投げなど担ぎ技を得意とするのをはじめ、寝技まで幅広くこなせる向は、その力を初戦から存分に発揮する。
初戦となった2回戦で背負い投げにより一本勝ちをおさめると、順調に勝ち上がる。準々決勝では、昨年の大会で銀メダルの実力者イバンフェリペ・シルバモラレス(キューバ)と対戦するが延長の末、一本勝ち。
決勝まで、向の強さが光る展開が続く。いや、それは決勝のノエル・ファントエント(オランダ)戦でも変わらなかった。全般に優位に戦いが進み、向の優勢は疑いようがなかった。
ところが、残り33秒。大外刈りのあと、小外刈りで技ありを奪われる。それが勝負の決め手となり、向は2位にとどまった。
試合が終わったあと、向はうつぶせになり、立ち上がることができなかった。
「もういけると思った」
「一瞬の隙だと思います」
試合を終えて、向は振り返った。
「相手がバテていて、もういけると思ったし、どうやって投げようかなと頭に浮かんでしまいました」
そう思った刹那、技をかけられたのだと語る。勝利に近づいていたからこその悔しさであり、油断でもあった。
試合後のみならず、そのあとの表彰式でも、涙が止まらなかった。優勝を渇望するさまざまな理由があった。