ブックソムリエ ~必読!オールタイムベスト~BACK NUMBER
サラブレッドの科学的分析。馬好きを魅了する一冊。~名馬の皮膚が薄いのは合理的な理由があった~
text by
馬立勝Masaru Madate
photograph bySports Graphic Number
posted2017/07/23 16:00
『競走馬の科学 速い馬とはこういう馬だ』JRA競走馬総合研究所編 講談社ブルーバックス 800円+税
走るためだけに人間が造り上げたサラブレッドを科学的なデータをもとに濃く、深く語る。その肉体、生理、運動機能、栄養学、トレーニング、走法などなど。さらに装具や走る舞台トラック(馬場)までにも及ぶ。馬好きには充実の一冊だ。
読んでいて、「あの頃出版されていたら、助かったのに」と思った。勤務先のスポーツ紙で、野球と掛け持ちで競走馬の豆コラムを書かされた。国民的アイドルのハイセイコーが活躍し、競馬ブームが芽吹き始めた1970年代。馬券を離れた競走馬の“ちょっといい話”と心得たが、ネタ探しに苦労した。
「名馬の皮膚は、岩肌に濡れ紙、と昔から言われた」と老調教師。岩に濡れ紙を張り付けると岩の細かいひびや凹凸も見て取れる。よく走る馬の皮膚はこのように血管が浮き出して見える薄さが大切という。馬は体温が42度近くなると体温調節で熱を放出するが、「全体の約七〇パーセントを汗と呼気によって放出」する。効率よく発汗し熱を逃がすためにサラブレッドの皮膚は他種の馬より薄い皮膚になったのだ。本書の記述で老調教師の言葉を思い出した。「馬は心臓で走る、と英国では言いますね」とオーナー・ブリーダー(馬主兼生産者)。競走馬はレーシングカー、その心臓は高性能エンジン、と本書は例える。競走馬は心臓が大きいほど名馬なのだ。人間や他の動物との心臓の比較を、心臓の重さと体重との比率(心臓重量比)を出して表で示す。トレーニングを積んだ競走馬の心臓は並外れて大きい。昔からの言い伝えが科学で裏付けられるのに感心する。