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職人アニメーター西尾鉄也が語る、
「人の身体のかっこよさを描くこと」 

text by

宮田文久

宮田文久Fumihisa Miyata

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photograph byTadashi Shirasawa

posted2018/11/11 10:00

職人アニメーター西尾鉄也が語る、「人の身体のかっこよさを描くこと」<Number Web> photograph by Tadashi Shirasawa

人の体が動くとはどういうことか、アニメーターほど真剣に考えている職業はどれほどあるだろうか。

絵コンテにない動きを忍び込ませる。

――人の動作の“あるある感”……ですか?

「アニメーションでは2~3頭身のキャラクターを描くことも多いですが、そうしたキャラクターの動作に、どうやったらリアリティーが出るのか。たとえば、椅子から立ち上がるときに膝に手を置いて“よっこらしょ”というような動きを加えることで、演技をしていない――まるで生きているような感じが表現できるのではないか、と。

 形態模写の芸人さんを見ていると、思わず『やるやる!』って拍手してしまうような仕草や表現がありますよね。ああいうものを、いつもどこかに忍ばせていきたい。

 とはいっても、普段は絵コンテに書かれている指示を消化することで手いっぱいなんですが、そこにプラスアルファとして、演出さんが求めているカットの内容を邪魔することなく、絵コンテにも書かれていない、うまくハマる要素をピースとして足したい、とは思っているんです。30年ほどやってきて、ほんの数回しか成功していませんが……(笑)」

――たとえば、どんな場面なのでしょうか。

「『ももへの手紙』という劇場アニメでは、主人公の女の子が、『何やってるんだ』とお尻をパーンと叩かれる場面があります。そのときに、『いったーい! 何すんのよ!』とツッコミを入れるんですが、絵コンテではそれで終わっていたんです。

 僕が足したのは、『何すんのよ!』というときの、相手に向き直ってその手を振り払うような反撃です(笑)。

 僕がキャラクターデザイン・作画監督としてメインで担当したものですと、『人狼 JIN-ROH』という作品があります。あるシーンで、名前もついていないような大勢のキャラクターが、煙草を吸いながらくだらない日常会話をしている場面がありました。そこで『よし、じゃあいこうぜ』と集団が動き出すときに、ひとりが『おお、待ってくれ!』といいながら、灰皿に煙草を入れて歩き出そうとする――。

 行きかけたそのとき、『あ、消えてねえ』ともう一回戻って煙草を灰皿に押しつけるんですね。絵コンテには書かれていなくて、僕が独自に足したシーンなんですが、過去にひとりだけ『リアルだねえ』と気づいて評価してくれた人がいました(笑)」

――人の動きをよく見ていないと描けないモーションですよね。

「観察に勝るものはありません。放物運動などをふくめ、正確な物理法則を捉えることが最初にある。その上で、現実の動作から足したり引いたりするデフォルメがあるんです」

――デフォルメ、ですか?

「いま目の前にカップがありますが、これをとる、そしてこぼさないようにゆっくり戻すという動きをそのままアニメにすると、おじいちゃんの動きになってしまうんですよ(笑)」

――なるほど! リアリティーを出すためのデフォルメが必要だ、と。

「たとえば、ボクシング選手のパンチを描くときにも、こうした視点は重要なんです。我々の業界では“タイミング”といいますが、1秒間に24コマのフィルムが流れていくなかで、何枚を使ってそのパンチを繰り出すのか。1枚目はタメて、2枚目で一気にパンチを繰り出すとか、むしろタメは要らなくてすぐ打っちゃえばいいのでは……こうした試行錯誤を繰り返します。そこには一人ひとりのアニメーターが持つ、モーション自体へのフェチも入ってくるんですよ(笑)」

【次ページ】 カッコイイ人の、カッコ悪い瞬間を描く。

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西尾鉄也

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