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職人アニメーター西尾鉄也が語る、
「人の身体のかっこよさを描くこと」
text by
宮田文久Fumihisa Miyata
photograph byTadashi Shirasawa
posted2018/11/11 10:00
人の体が動くとはどういうことか、アニメーターほど真剣に考えている職業はどれほどあるだろうか。
カッコイイ人の、カッコ悪い瞬間を描く。
――リアリティー溢れるカッコイイ身体の動作を描くには、いろんな工夫が必要なのですね。
「カッコイイ動きを描くためには、カッコ悪い瞬間を描かなくてはいけない、ということも、常々考えていることです。最高のパンチを繰り出す前には、必ず中途半端な瞬間がありますよね。
どんな美人女優の方でも瞬きの瞬間を写真に撮られたらどうにもならないわけですが、そうした瞬間を恐れずに突っ込んでいかないと、カッコイイといわれるポーズにはならないんじゃないか、と」
――たしかにアスリートの連続写真を見ていると、そういう瞬間がよくあります。
「だから、どんなに見目麗しいキャラクターを描いていたとしても、ビルの屋上からジャンプしてスタッと着地するシーンの途中では、クールに決まっていた長髪や、美しいヒラヒラした服が、とんでもない方向に跳ね上がったり、乱れたりしてしまっているような瞬間を描きたい(笑)。髪の毛と衣服は、アニメ特有のデフォルメを忍び込ませやすい大事なパーツです。人間の体のねじれも、服のしわで表現することがありますね」
――カッコ悪い瞬間や、ディテールを描くからこそ、カッコイイ身体が描ける、と。
「ただ、自分も50歳になって年をとってきたこともあって、若くて才能の溢れる子にはかなわないなあ、と思う瞬間も増えています。将来性のあるアニメーターのアクションシーンは素晴らしいですよ。彼らはちょっと迷うと、カメラを持って、目の前の公園に出かけて行って、『ちょっとやってみようぜ!』って自分たちで撮影して参考にすることもありますからね。こちらは肩こりや老眼に悩まされているのに……ある意味でアニメーターもアスリートかもしれませんね(笑)」
――なるほど(笑)。とはいえそこまで身体にこだわりをもっている西尾さんが、これから描いてみたいモーションはありますか。
「何でしょうね……関節技だけ、グラウンドでの攻防だけの超地味な格闘技アニメは、やってみたいですね」
――おお、それは面白そうです!
「いやあ、でも、企画が通るかなあ……(笑)」
――いや、ぜひ見てみたいです。それをつくれば、また新たな身体の描き方が見つかりそう、という予感があるのでしょうか。
「そうですね。アニメーションの世界では、ある描写の手法が見つかると、それが一気に伝播するところがあります。水も煙も、そうした歴史の積み重ねです。たとえば手を、指先のほうから真正面に見る、という描写はずっとアニメーション界の課題だったんですが、あるアニメーターが逃げもせず、ガッツリ描いた。その画期的な方法が発明された途端、『ああ描けばいいんだ!』と一気に広まりましたから。
関節技のみならず、パンチ一発、キック一発を繰り出すにも、ここにこういう絵を入れると段違いに素早さが出るとか、威力が増したように感じられるというツボが、まだまだあるはずです。そういうツボが新たに見つかれば、またあっという間に広がるでしょう。
僕は毎日、机にしがみつくように描きながら、悩んでばかりです。でも、3歳児からお年寄りまで、ありとあらゆる人々の動作、森羅万象がカッコイイと思える。観察を極めれば、また新しい発見ができるはずだと信じています」