松山英樹、勝負を決める108mmBACK NUMBER
何度転んでも、タダでは起きない。
松山英樹、マスターズへの戦利品。
posted2016/03/29 10:40
text by
舩越園子Sonoko Funakoshi
photograph by
Sonoko Funakoshi
「最初はツーサムのペースにも、たぶん違和感があったんだと思いますよ」
松山英樹のバッグを担ぐ進藤大典キャディが、いつだったか、ひっそりと、そう教えてくれたことがあった。
日本ツアーでは2人1組でプレーする機会がほとんど皆無に近い。だが、米ツアーでは悪天候などの特別な事情がない限り、土日の決勝ラウンドはツーサムで回るのが基本だ。
トッププレーヤーたちが2人だけでプレーするスピードは、想像以上に早い。私たちメディアが付いて歩くだけでも、もたもたしているとすぐに置いていかれるほどのクイックペースだ。
その中で、難しい状況判断を下しながら上位争い、優勝争いをすることは、米ツアー参戦を開始した当初の松山にとっては、まさに未体験ゾーンにいきなり足を踏み入れたような状態だったに違いない。
しかし、公の場では弱音を吐いたり泣き言を言ったりは決してしない松山は、ツーサムのペースの中で自分のリズムを確立することに「苦労している」などとは、ただの一度も言わなかった。
進藤キャディに対しても「ツーサムは大変だ」などと直接的に言ったわけではなかったそうだ。
松山が実際に口にしたのは「ツーサムになると急に早くなるね」の一言だけ。けれど、日頃の松山の息遣いまで熟知している進藤キャディは、2人の間の空気を通して松山の戸惑いを感じたという。
そこに気付いていたのは、おそらく進藤キャディただ一人だったのではないだろうか。米ツアーで当たり前のようにツーサムを経験してきている他選手たちは、松山がそこに違和感を覚えているなどとは夢にも思っていなかったはず。
発散せず、抱え込んで自力で解決する。
苦しい想いを言葉や態度に変えて発散できれば、心の負担だけは多少なりとも軽くなる。しかし、苦しさを表に出さずに抱え込めば、その分、心にかかる負荷は重くなる。
けれど、松山はいつも後者を選び、人知れず、コツコツ努力を重ねていく。それが彼のスタイルなのだ。
そして、いつしかツーサムで熾烈な決勝を戦うことを覚え、自分なりのリズムを掴み、さらには、その中で抜きん出る術を見出し、そうやって彼は米ツアー2勝を手に入れた。
そう、彼の成功は、いつだって人々が気付きもしないような地道な努力の果てにある。