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2018年までのF1開催が正式決定。
鈴鹿がF1界から愛される理由。 

text by

尾張正博

尾張正博Masahiro Owari

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photograph byGetty Images

posted2013/10/06 08:01

2018年までのF1開催が正式決定。鈴鹿がF1界から愛される理由。<Number Web> photograph by Getty Images

シンガポールGPに登場した、F1運営組織のCEOバーニー・エクレストン。開催地の選択権などを一手に握る、まさにF1界のボスである。

エクレストンが異例の事前発表を許した理由。

 しかし、それから数カ月後、可夢偉がF1のシートを失ってしまう。日本チームと日本人ドライバー不在の中で幕が開けた2013年、春。日本のF1界は窮地に立たされていた。ホンダが2015年からの復帰を発表するのは、まだ先のこと。開幕前の日本のF1界には、これまで味わったことがない逆風が吹いていた。

 そんな中、多くの日本のF1ファンが気にしていたのが、鈴鹿でのF1開催の存続だった。富士スピードウェイに代わってF1を開催し続けてきた鈴鹿の日本GP開催権の最終年が、2013年だったからである。

 心配するファンの声を聞いたモビリティランドは、異例とも言える発表を3月に行なう。それは「2014年から5年間、日本GPの開催を延長することでFOWCと合意に達した」というものだ。正式な契約締結前に、このような発表を行なうのは異例のことだった。それをエクレストンが許したのは、愛すべき鈴鹿のファンの不安を少しでも取り除きたかったからではないだろうか。

もうすぐ、25回目のF1が鈴鹿にやってくる。

 その後、5月にホンダがF1復帰を発表。8月にはモビリティランドの代表がイギリス・ロンドンのエクレストンのもとを訪れ、日本GPの5年間延長の契約を正式に交わした。

 これまで多くの日本人、そして日本企業がF1に挑戦し、いまも挑み続けている者もいる。そのひとつひとつの戦いに優劣はつけられないが、鈴鹿ほどF1界から愛されているものはない。なぜなら、鈴鹿もまたF1を愛し続けている場所だからである。そして、その鈴鹿を作ったのは、日本のF1ファンである。

 その鈴鹿に、もうすぐ25回目のF1がやってくる。

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