オシムジャパン試合レビューBACK NUMBER
アジアカップ VS.オーストラリア
text by
木ノ原句望Kumi Kinohara
photograph byTakuya Sugiyama
posted2007/07/24 00:00
アジアカップのような大会を戦うと、チームにある種の変化が起きることが多い。特に、大会に長くとどまって試合数をこなすほど、その変化はチームの成長として刻まれる。日本代表も、7月21日の準々決勝でのオーストラリアとの厳しい戦いを経て、成長の階段を一つ上がったのではないだろうか。
69分の失点の3分後にFW高原の一撃で同点にしたが、後半途中で相手が1人退場になりながらも追加点が奪えず、1−1のまま延長の末にPK戦に突入した。
PK戦では、大舞台に強いGK川口が3年前のアジアカップ中国大会準々決勝のヨルダン戦を髣髴とさせるプレーで、FWキューウェル、DFニールというオーストラリアの最初の2人のキックを止めて日本に優位な状況を作りだし、MF中村俊輔、MF遠藤、DF駒野の日本のキッカーが順調に決める。これを決めれば勝利という4人目FW高原が外したものの、5人目のDF中澤がきっちり決めてPK戦を4−3で制し、準決勝進出をチームにもたらした。
その瞬間、ハノイのミーディンスタジアムのピッチで、中澤は川口に飛びつき、ベンチ前で見守っていた選手も一斉にピッチになだれ込んで、二人はチームメイトからもみくちゃにされる手荒い祝福を受けた。
そして「心臓に悪い」とPK戦の前にロッカールームに引っ込んだオシム監督は、この結果を聞くとその場で小躍りして喜んだという。「喜んで飛び跳ねすぎて、頭を天井にぶつけそうになった」と、珍しく自らそのときの様子を笑顔で話したほど、指揮官は喜んでいた。
さらに、「意図したとおりにサイドから攻撃ができたし、退場者が出る前も出た後もうちの方がいいプレーをしたことは確か」とコメント。そして会見の最後に改めて満足の度合いを聞かれると、「満足」という表現をことのほか使いたがらない監督が、「記者会見を終わらすために、本心とは別に、今日は満足という言葉を使いましょうか」と言って報道陣から笑いを誘う。「私が『満足している』と言ったと記事に書いてもいいですよ」という台詞まで残し、同監督独特の、控えめで遠まわしな表現ながら、チームのパフォーマンスの出来を認めたことを口にした。
元ユーゴスラビア監督の態度をそこまで柔らかくしたのは、これまでのチームの積み重ねがこの試合で多く見られたという事実だろう。
前半こそ、攻めに切り替わった後の攻めの噛み合わせがいまひとつ機能しないところがあったものの、守備を固められてもピッチを広く使いながら辛抱強くボールを回して崩しにかかる。サイドからの揺さぶりはトレーニングで何度もやってきたものだった。
守備の意識も高く、グループリーグ3試合で見せていたような立ち上がりの甘さもない。中澤と阿部の二人のセンターバックを中心に、中盤の選手と連係して相手FWビドゥカを挟み込むようにプレッシャーをかけ、自由を与えない。MFブレシアーノやFWアロイージらビドゥカ以外の選手に対しても、しっかり囲んで簡単にボールを出させない。これも前日までに練習をしてきたことだ。
チーム全体として連動したプレーが攻守にわたって見られ、延長ではさすがに疲れが色濃く、動きが落ちたものの、集中が途切れることはなく、自分たちが生み出そうとしているスタイルで日本は120分を戦い切った。
それは、イングランドのプレミアリーグでプレーする欧州勢を揃える、昨年のW杯初戦で逆転負けを喫した相手に勝ったという記録以上に、実は喜ばしいことではないか。そしてそこに、3年前に反日感情が渦巻く中国で2連覇を達成したときのように、この大会を経てチームがレベルアップできる兆しを感じる。来年2月から始まる2010年W杯予選を控えて、これほどの収穫はない。
だが、実際にそれが本当にこのチームのものになるかは、この後の2試合の戦い方による。一つの山場と見られていたオーストラリア戦を切り抜けて気を緩め、次に対戦するサウジアラビアを侮るようなことがあれば、足元をすくわれて残念な結果に終わるだけでなく、チームの成長という点で、大きく前へ一歩踏み出せるせっかくの機会を棒に振ることになってしまう。
東南アジアの高温多湿ぶりは変わらない。さまざまなタイプの対戦相手が次々と現れる。山あり谷ありの大会を最後までどう走り抜けるか。
MF鈴木が言った。
「今日の勝利を大きくするのも小さくするのも自分たち次第。これからだと思う」