オシムジャパン試合レビューBACK NUMBER
キリンチャレンジカップ2006 VS.トリニダード・トバゴ
text by
木ノ原句望Kumi Kinohara
photograph byTakuya Sugiyama
posted2006/08/11 00:00
日本のワールドカップ・ドイツ大会終了から約1ヵ月半。イヴィチャ・オシム監督就任後初試合となるトリニダード・トバゴ戦が8月9日に東京の国立競技場で行われ、新生日本代表はカリブ海のW杯出場国に親善試合で2−0の勝利を収め、新しい船出を白星で飾った。
新しいメンバー、新しいチーム、新しいサッカー哲学、手法、解釈。新しい指導者の着任で、注目すべき事柄は多い。特にそれがオシムと日本代表となれば、なおさらである。
短い準備期間、並行して行われていたA3チャンピオンズカップのために、思うように招集できない選手構成など制約の多い中で、新生日本代表は開始早々から速いテンポの攻撃的サッカーを展開。その中で“オシム流”の手法もいくつか見ることができた。
3日間だけながらも、細かく色分けされたビブスを使用して行なった実戦形式の練習を通して、選手は「考えて走る」オシム・サッカー習得を始めた。水曜日の試合では、それを少しでも実践しようと懸命だったように見えた。そこに、今回招集されたFW・攻撃的MF陣の“隙あらばシュートを打つ”という貪欲さが絡み、相乗効果を生み出していた。
MF三都主が決めた前半17分のFKによる先制点も、我那覇のゴールへのファウルで得たものだったが、選手のオシム・サッカーの理解努力と姿勢がもたらしたものだったと言える。
そして、前半22分の2点目は、三都主がDF駒野のロングフィードに、相手ディフェンスの裏へ斜めに走り込むクレバーな動きから。駒野のボールを受けると、三都主は前に出て来た相手GKの頭上を抜くロビングでネットを揺らした。
以前の三都主にはなかった動きだが、これには「考えて走る」というオシム・サッカーのコンセプトだけでなく、浦和レッズMFが起用されたポジションの影響も大きいだろう。新監督は彼をこれまでの左ウィングから、内側に入った中盤で起用した。
私見だが、もともと、左サイドでプレーしていても中へ切れ込んでいくプレーが多かった三都主は、おそらく右斜め前方を得意とする視野の持ち方をしているのではないか。それは、左サイドを深く、CK付近まで入り込んでクロスを上げるようなものではないだろうし、旧体制下で与えられたサイドでのディフェンスの負担も、彼の持ち味を半減していたように思う。その点では、今回与えられた三都主のポジションは、彼にとって自分の良さを出しやすいものになっていたように思う。
オシム監督の説明はないが、短い準備期間でW杯出場国と対戦するとなれば、指揮官として即効性のある対策を講じるもの。その一つが三都主のポジション変更であり、もう一つが浦和出身選手の多用だったのだろう。
この日の先発リストにはW杯メンバーから4人、初キャップは5人。その中で浦和所属はセンターバックの闘莉王、坪井を含め6人、出身者にはMF山瀬(現横浜Fマリノス)の名前もあった。さらに、ベンチにはGK山岸もいた。
アジアカップ予選を1週間後に控えての代表デビュー戦を乗り切る手法だったが、うまく奏功し、チーム全体の流れをスムースに機能させ、「3日間の練習で、予想していた以上の出来だった」とオシム監督に言わしめたほどだった。
だが、後半は足が止まってチーム全体の動きが落ちたために、攻撃が停滞し、前半ほどのパフォーマンスは見られなかった。
「サッカーは90分。走る力のある間はいいプレーができていたが、90分間走りきれない選手もいた」と、オシム監督は指摘した。
身体的に高さも強さも持ち合わせない日本人選手が、対戦相手に1対1で負けないためには、「相手より多く走ることで勝負しないと」と、旧ユーゴスラビアを1990年W杯ベスト8に導いた指揮官は語る。「なぜ走るのか」に対する一つの答えだ。
選手に「考えること=インテリジェンス」を求めること自体は、前任者のジーコ監督と変わらない。前任者は「自由」という形でこの命題を提示したが、導入し、定着させるための具体的な手法を持たなかったがために苦労した。
だが、名将として欧州でも広く知られるオシム監督の引き出しは細かく、深く、しかも多い。その引き出しをあちこち開けながら、90分間落ちない運動量と、プレーを考えて組み立てるインテリジェンスを日本人選手に身につけさせようというのであろう。
次の8月16日のイエメン戦(新潟)からアジアカップ予選が再会する。9月3日にはサウジアラビア、6日にはイエメンとアウェーで対戦する。16日の試合へ、メンバー入れ替えも含めて、どんな対応が見られるのか。また、今回選ばれた選手たちがどう伸びるのか。楽しみだ。