チャンピオンズリーグの真髄BACK NUMBER
バルサの支柱、エトーの凄さ。
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byKazuhito Yamada/KAZ Photography
posted2006/05/24 00:00
いま世間は、現在の世界No.1選手は、ロナウジーニョで一致している。しかし、その大合唱を聞かされると、へそ曲がりの僕は、つい別の見解を述べたい衝動に駆られる。
ロナウジーニョを否定するつもりはさらさらない。世界最高クラスの選手だと思う。サッカー選手の優劣に順番を付けることなど、本来できないはずなので、敢えて最高クラスと言わせてもらうが、その本質をすっ飛ばし、No.1と叫びたくなる気持ちは大いに理解できる。しかし、そのいっぽうで、やっぱりそれはちょいと言い過ぎかもと、冷静な気持ちにならざるを得ない場面にもたびたび遭遇する。
先日、パリで行われたチャンピオンズリーグ決勝もその一つになる。ロナウジーニョが、評判を落とすようなプレイをしたわけではない。それなりの活躍はしている。だが、彼がこの試合のMVPを取り損ねたことに、異論を唱える人は少ないはずだ。
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そのいっぽうで、エトーがそれを獲得したことに異論を唱える人も少ないはずだ。活躍はエトーの方が目立った。これは多くの人が抱くであろう率直な感想だ。貢献度という尺度を持ち出せば、それはより明確になる。
バルサの試合を実際に生で見ていちばん驚かされるのは、エトーの守備力である。守備力というと誤解を招きやすいので、ボールを奪われた直後のアクションといった方が良いかも知れない。瞬間、バスケットやアイスホッケーの選手以上に機敏な動作で、彼は相手とボールを追いかける。根っからの狩猟民族ではないかと思わせるほど、本能的な行動に見える。ロナウジーニョのスーパープレー以上に衝撃的な光景だ。
ロナウジーニョのスーパープレーは、テレビの画面越しからも十分伝わってくる。リプレイでも、ダイジェスト番組でも確認することができる。それに比べると、エトーのボールを追いかけるアクションは、インパクトが弱い。リプレイやダイジェストで流れる率は断然低い。だからこそ現場ではびっくりする。バルサの場合は、その“守備力”が、次なる攻撃の機会に直結しているのでなおさらだ。効率的サッカーの一翼を担っているというわけだ。
この手のタイプのFWは、長いサッカー史の中でどれほどいただろうか。少なくとも僕には記憶がない。
アーセナルとの決勝戦では、本来のCFではなく、左のウイングとして先発し、前半の45分をそこでほぼプレイしている。CFと左ウイングの位置を頻繁に入れ替わる通常とは異なるスタイルを取っていた。通常なぜ、彼はそれを繰り返すのか。原因は、本来左ウイングのロナウジーニョにある。彼はサイドでプレイするより、真ん中でのプレイの方が性に合っている。気がつけば、真ん中でプレイしている。それを察知したエトーが、真ん中に2人が固まるのは好ましくないと、その瞬間、外に開く。もちろんベンチからの指令でもあるのだろうけれど、ポジションチェンジを勤勉にこなす。気紛れに見えるロナウジーニョより、数段フォアザチームの意識が高い。
バルサベンチは対アーセナル戦で、そんなエトーをなぜ左に固定させたのか。アーセナルの右サイドバック、エブエ対策のために他ならない。このコートジボワール代表選手の攻撃参加を抑えるためには、守備力が極端に低いロナウジーニョではマズイ。エトーの“守備力”が不可欠だとバルサベンチは考えたのだろう。
そして実際、エトーはエブエを完全に抑え込んだ。右ウイングのジュリも攻撃参加に定評があるアシュリー・コールを、一歩も前に出さなかった。アーセナルの両サイドバックは、持ち前の攻撃力を殺されてしまったというわけだ。アーセナルの攻撃がカウンターに頼る散発に終わったことと、それは深い関わりがある。GKレーマンに退場処分が言い渡された前半18分以降、10人での戦いを余儀なくされたことも、それと大きな関係があるが、原因はそればかりではない。
後半開始当初、エトーはCFのポジションについていた。ロナウジーニョと、本来の関係を築いていた。しかし、後半16分、ヘンリク・ラーションがピッチに投入されると、バルサの布陣は4−3−3から4−2−4に近い状態に変更された。FWの4人は、左からエトー、ロナウジーニョ、ラーション、ジュリの順に並んだ。ロナウジーニョは真ん中で、前後左右自由に動いたのに対し、エトーは再び左サイドに固定されることになった。それでいながら後半31分に、値千金の同点ゴールを叩き込んだのだ。凄いと言うより偉い!のだ。
彼は左ウイングもこなせば、俗に言う「ディフェンシブフォワード」もこなす。そのうえゴールも奪う。誰よりも多く。今季のスペインリーグでは、得点王にも輝いている。プレイの幅は滅茶苦茶広い。貢献度も滅茶苦茶高い。前線の大黒柱以外の何ものでもない。ロナウジーニョも凄いけれど、エトーも凄い。彼だって、極めて希な大物なのだ。そこのところが、日本までキチンと伝わっているのか。僕はスタッド・ドゥ・フランスの決勝戦の現場で、不安に駆られることしきりだった。来るドイツW杯にも、エトーは出場しないわけで……。彼こそが、ドイツW杯最大の忘れ物に他ならない。