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ジョゼ・モウリーニョ 「天才軍師の蹉跌」 <前編>
text by
宮崎隆司Takashi Miyazaki
photograph byAri Takahashi
posted2009/05/07 09:50
にもかかわらず、モウリーニョの表情はなぜか冴えない。
王道を歩んできた男が、カルチョの国で陥った「罠」とは。
インテルの監督になって約11カ月。ジョゼ・モウリーニョは公言通り“イタリア制圧”へ向けて着々と歩を進めている。残り6節となった時点で2位ミランとの勝ち点差は10。セリエAの優勝は、ほぼ間違いない。
たしかに“欧州制圧”というもう一つの公約はマンUとのCL16強対決で脆くも崩れたが、監督就任1年目でイタリアを制覇するというのは、十分評価に値するはずだ。
しかし、国内でのモウリーニョ批判は激しさを増している。結果こそ出ていても、あまりにもイブラヒモビッチのカウンターに頼ったサッカーをしていること、さらにはクアレスマを始めとして、モウリーニョが肝いりで呼び寄せた選手がことごとく期待はずれに終わったことなどを理由に、メディアは、すきあらば「マンチーニ待望論」を展開しようと虎視眈々と狙っている。
批判を受けるのはモウリーニョ自身にも原因がある。
モウリーニョは、尊大な物言いで物議をかもしてきた人物である。ましてやイタリアのメディアは、ヨーロッパの中でも特に辛辣なことで知られる。遅かれ早かれ、メディアと衝突していたであろうことは、インテルの監督就任が決まった時点で予想できた。しかし状況がここまで酷くなったのには、本人にも原因がある。
たとえば3月1日のローマ戦(3-3)の後には、試合をめぐって一大論争が起きた。国内の全メディアが“インテル寄りの判定”を指摘し、批判の矛先を審判にではなくモウリーニョ個人に向けたのである。
これに対してモウリーニョは、3月3日の公式会見で、一連のバッシングはマンU戦を前に、インテルを混乱させようとする「罠」だと発言。およそ10分間にわたって、反モウリーニョ派による陰謀説や、メディアの「偏向報道」を糾弾した。
「ユベントスは、アタランタやフィオレンティーナ、カターニャなどに不可解な判定で勝ってきたが、それを指摘した者は誰もいなかった。にもかかわらず、インテルだけは槍玉に挙げられる。これは何故なのか。
こうした状況が続くなら、次にユーベと対戦するチームは試合を放棄した方がいい。どうしても放棄できないというのなら、ユースの選手11人をピッチに立たせればいい。結果は最初からわかっているからだ。
しかも、優秀な中盤を揃えたローマや、偉大なクラブであるはずのミランが、無冠に終わることが半ば確定しているというのに、彼らの体たらくに関する報道もない。批判されるのはいつもインテルだ。
これは明らかにメディアによる世論操作であり、『プロスティトゥツィオーネ・インテッレットゥアーレ』(プロスティトゥツィオーネとは売春、インテッレットゥアーレは知識人の意。評論家やジャーナリストなどのインテリ層が、自分たちの魂を売り渡したという意味)そのものだ」
イタリアサッカー界につきまとう暗い影。
イタリアのサッカー界で、ここまではっきりとユベントスやメディアを批判した人間は存在しない。しかも『プロスティトゥツィオーネ・インテッレットゥアーレ』という単語の組合せは、本来、イタリア語にはないものだった。それはモウリーニョが、メディアやユベントスを批判すべく、周到な準備をして会見に臨んだことを意味する。
'80年代初期の八百長事件や、2006年の“カルチョ・カオス”(審判の買収容疑で、ユベントスを始めとする主力クラブが降格やポイント剥奪を受けた事件)が物語るように、イタリアのサッカー界には、ある種の暗い影がつきまとってきた。
しかし、この世界で生計を立てていこうとするなら、その事実を口に出すことはできない。だからこそメディア関係者は一抹の後ろめたさを背負ってきた。そういう「恥部」を外国から来た監督、しかも年端の行かない人間に公然と突かれたのである。モウリーニョ批判が、以前にも増して熾烈になったことは言うまでもない。
イタリアで戦術家としての評価を下げたモウリーニョ。
モウリーニョ批判が高まっている二つ目の理由は、戦術家としての評価に起因する。希代の戦術家としてならしてきたはずのモウリーニョが、他ならぬ戦術の部分で苦戦を強いられているからだ。
1月18日に行なわれたアウェーのアタランタ戦は、それを象徴するような試合になった。相手はいわゆる“プロビンチャ”(地方)の小クラブで試合直前の順位は10位。選手の顔ぶれを比べても、インテルが敗れる理由はどこにもないはずだった。
だが、インテルは試合開始からわずか30分余りの間に立て続けに3点を奪われ、まるでいいところなく敗れてしまう。終了間際に、辛うじてイブラヒモビッチが一矢を報いたのみだった。
<後編に続く>
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