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ジョゼ・モウリーニョ 「天才軍師の蹉跌」 <後編>
text by
宮崎隆司Takashi Miyazaki
photograph byAri Takahashi
posted2009/05/07 09:50
アタランタの監督を務めていたのは、国内屈指の戦術家として知られるルイジ・デル・ネーリ。彼は2000年から2004年にかけては「弱小」キエーボを率い、数々の番狂わせを演じた。またデル・ネーリが唱えていた4-4-2の理論は、イタリアで高く評価されている。老獪な戦術家は、試合を次のように分析する。
「インテルは4-3-1-2で臨んできたが、典型的な4-4-2に弱いことはわかりきっていた。私はあの試合に4-4-2のバリエーションの一つである4-4-1-1で臨んだ。理由は簡単だ。インテル戦では、イブラヒモビッチでもスタンコビッチでもなく、中盤の底でパスを供給するカンビアッソを孤立させることが鍵になる。したがって中盤の前、4-4-『1』-1の『1』をカンビアッソのマーク役にし、CFと協力しながら挟み撃ちにすればいい。
と同時に私は、両サイドを広く使うようにした。4-3-1-2の場合、守備的MFは3人しかいない。こちらがサイドを攻めていけば、SBも中盤のサイドをケアしなければならなくなり、センターバックの周りにスペースができる。そこをカウンターで突く。何も難しいことはない。基本中の基本だよ」
戦術的にモウリーニョを読み切ったデル・ネーリ。
モウリーニョは、試合の途中でシステムを4-3-1-2から4-3-3、最後は3-4-3と変更していくが、デル・ネーリはこれに対応するのも造作なかったと語る。
「私に言わせれば思う壷だった。相手が前掛かりになればなるほど、こちらはカウンターを仕掛けやすくなる。加えてあの日は雨でピッチがぬかるんでいて、ただでさえ選手の消耗が激しかった。そのような状態で中盤の駒を減らすというのは、常識的に有り得ない」
打つ手打つ手がことごとく先読みされる。モウリーニョ自身は、この敗戦について多くを語ろうとしなかったが、おそらくはイタリアサッカー界の奥の深さ、ポルト時代もチェルシー時代も味わったことのない、戦術的なレベルの高さに舌を巻いたに違いない。
ピッチ内外で、イタリアの厳しい現実を思い知らされたモウリーニョ。セリエAでこそ結果は出ているが、彼のまわりに幾重もの包囲網が張り巡らされているのは明らかだ。
とはいえ、状況を打開するための糸口が、まったくないわけではない。
まずメディアとの関係について言えば、例の「プロスティトゥツィオーネ・インテッレットゥアーレ(偏向報道)」の問題を堂々と取り上げたことを評価する声も、ちらほら聞かれる。イタリアサッカー界の腐敗を浄化する上で、モウリーニョは重要な役割を果たしているというのである。このような意見は、特に若手の記者の間で多く聞かれる。
また、イングランドサッカーを連想させるような潔い姿勢、スポーツマンシップに富んだ発言が好感を持って受け入れられたこともある。12月20日のシエナ戦では2-1で勝利したが、モウリーニョは試合後に、
「2点目の決勝点は明らかにオフサイドであり、プレーのクオリティを考えても、真の勝者はシエナの方だった」
とコメント。これは特にファンの間で話題となり、他のクラブの監督も、自らの清廉潔白をアピールするようになった。勝利至上主義がはびこってきたイタリアで、こうした現象が起きるのは奇跡に近い。
素直に、公平に選手に接したことでチームの質が向上した。
他方、歯に衣着せぬ発言が、チーム作りの上ではプラスに働くと見る向きもある。こう指摘するのは、インテルOBで現解説者のベルゴミである。
「思ったことをすべて率直に口にする。しかも意図的にメディアを敵に回せば、たしかにチームは孤立するかもしれない。だがメディアに批判されることで、チーム内の結束は逆に高まっていくはずだ。
しかもモウリーニョは、選手やクラブのスタッフに対しても実に率直に接してきた。自分があたりをつけた選手(マンシーニ、クアレスマ、ムンタリ)が誰一人として結果を出せなかったことについては、自らの非を素直に認めたし、マンシーニに対しては『私はチャンスを与えたが、君がそれを活かせなかった以上、他の誰かがプレーすることになるのは当然だ』と本人に直接伝えている。
こういう態度をとれば、彼が選手を公平な目で見ているというメッセージが周囲に伝わるし、控えの選手たちも、いつかは必ずチャンスがめぐってくるはずだと奮起するようになる。結果として、選手同士のポジション争いは自然に厳しくなり、チーム全体のクオリティも底上げされていく。私の知る限り、こんなアプローチを採った監督はインテルにはいなかった」
モウリーニョはイタリアでさらに成長するはず。
戦術的な偏差値を上げるという課題には、どう対応すればいいのか。
「デル・ネーリが見せたようなレベルの高さは、たしかにイタリア特有のものだ。こういうハードルを越えていくのは並大抵のことではない。だがイタリアで戦術眼を磨いていくことができれば、モウリーニョは、CLでも常に優勝を狙えるような監督に成長することができるはずだ。
そもそもインテルには、カンビアッソを筆頭として、ムンタリ、ビエラ、サムエルと、組織的なプレーの中で力を発揮する選手が揃っている。モウリーニョが、現在のようにイブラヒモビッチに依存し続けるのではなく、組織の中にイブラのような選手を組み込んでいく方法を見出すことができれば、チームは格段に強くなる。少なくとも、アタランタ戦やサンプドリア戦(3月4日に行なわれたコッパ・イタリアの準決勝。インテルは第1戦で0-3と敗北)のような取りこぼしは減るだろう」
口さがないメディア。高度な戦術を駆使する老獪な監督たち。そしてクラブ運営の難しさ。モウリーニョは「罠」の中でもがき続けてきた。スクデットを獲得したとき、彼はその揺ぎない事実を武器に、本当の意味での“イタリア制圧”に乗り出すに違いない。
ジョゼ・モウリーニョ
1963年1月26日、ポルトガル生まれ。ベンフィカの監督などを経て、'02年1月にポルトの監督に就任。'03-'04シーズンにCLで優勝。翌シーズンにチェルシーに招かれ、プレミア2連覇などを達成。一昨年の9月に契約を解除したが、昨夏インテルの監督として現場に復帰した
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