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選手村のある埋立地「晴海」、(タワマン以外に)何がある? 鉄道駅がないのにナゾの“廃線”を見つけた話《東京五輪》

東京・晴海の選手村。晴海には選手村・タワマン以外に何があるのか? / photograph by Masashi Soiri 晴海の選手村。五輪後は「晴海フラッグ」として住居になり、分譲・賃貸される 選手村(中央)があるのが晴海。晴海には鉄道駅がないので、大江戸線の勝どき駅から徒歩でいく 勝どき駅(左)から晴海(右)へ。朝潮運河を渡る 向こうに見える選手村。バリケードで封じられており近づくことはできない。この写真の真ん中高いエントツがある建物が中央清掃工場だ 写真中央奥に見えるのが晴海トリトンスクエア。3棟のオフィスビルを持つ複合商業施設である 存在感のあるタワーマンション・パークタワー晴海。奥がザ・パークハウス晴海タワーズ  晴海大橋から運河を挟んで豊洲側を望む。奥に見えるのが豊洲市場 晴海大橋から晴海側を望む 正面に見えるのが日本ユニシスの本社。その手前に古びた鉄橋がある 1957年に開通し、1989年に廃止された東京都港湾局晴海線の廃線跡だという 埋立人工島「月島4号地」=晴海が生まれたのは1931年だった 1944年の晴海の航空写真(写真中央)。2度ビッグプロジェクトが幻となり、開発がまだ進んでいない 出典:国土地理院の空中写真 1988年の晴海の航空写真。工業地帯として発展。晴海と豊洲を結ぶ橋の下によく見ると東京都港湾局晴海線が確認できる 出典:国土地理院の空中写真 2019年の晴海の航空写真。左下に選手村が確認できる 出典:国土地理院の空中写真 2014年4月に撮影した東京都港湾局専用線 もう一度選手村のある晴海付近の地図を 選手村のある埋立地「晴海」、(タワマン以外に)何がある? 鉄道駅がないのにナゾの“廃線”を見つけた話《東京五輪》(18)

埋立人工島「月島4号地」=晴海が生まれたのは1931年だった

東京・晴海の選手村。晴海には選手村・タワマン以外に何があるのか? / photograph by Masashi Soiri 晴海の選手村。五輪後は「晴海フラッグ」として住居になり、分譲・賃貸される 選手村(中央)があるのが晴海。晴海には鉄道駅がないので、大江戸線の勝どき駅から徒歩でいく 勝どき駅(左)から晴海(右)へ。朝潮運河を渡る 向こうに見える選手村。バリケードで封じられており近づくことはできない。この写真の真ん中高いエントツがある建物が中央清掃工場だ 写真中央奥に見えるのが晴海トリトンスクエア。3棟のオフィスビルを持つ複合商業施設である 存在感のあるタワーマンション・パークタワー晴海。奥がザ・パークハウス晴海タワーズ  晴海大橋から運河を挟んで豊洲側を望む。奥に見えるのが豊洲市場 晴海大橋から晴海側を望む 正面に見えるのが日本ユニシスの本社。その手前に古びた鉄橋がある 1957年に開通し、1989年に廃止された東京都港湾局晴海線の廃線跡だという 埋立人工島「月島4号地」=晴海が生まれたのは1931年だった 1944年の晴海の航空写真(写真中央)。2度ビッグプロジェクトが幻となり、開発がまだ進んでいない 出典:国土地理院の空中写真 1988年の晴海の航空写真。工業地帯として発展。晴海と豊洲を結ぶ橋の下によく見ると東京都港湾局晴海線が確認できる 出典:国土地理院の空中写真 2019年の晴海の航空写真。左下に選手村が確認できる 出典:国土地理院の空中写真 2014年4月に撮影した東京都港湾局専用線 もう一度選手村のある晴海付近の地図を 選手村のある埋立地「晴海」、(タワマン以外に)何がある? 鉄道駅がないのにナゾの“廃線”を見つけた話《東京五輪》(18)

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