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「見えなきゃ死ぬよ、とガイドの声が…」社員自ら雪山でテストも、人々の“生死を分ける”スノーゴーグルの開発はいかに行われているのか?
posted2023/02/12 17:00
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
Getty Images
スキーに欠かせないスノーゴーグルは近年、大きく進化を遂げている。1911年創業、SWANSブランドを展開するスポーツアイウェア・メーカーの老舗、山本光学のスポーツ事業部マーケティング部の中村至さんがいう。
「近年のスノーゴーグルは、レンズが大きなタイプが主流になってきています。ゴーグルの開発は通常2年ほどかかりますが、2020年には3年近くをかけて平面レンズの大きなゴーグルを出しました。大型化のメリットとしては視野が広がることや曇りにくいことでの安全性の向上が挙げられます」
この大型ゴーグルの名は『RACAN』(税込2万2000円~)。'22年の北京五輪では、これを着用した堀島行真がフリースタイルスキー・男子モーグルで銅メダルに輝く。
決勝進出がかかった予選の2回目、テレビ観戦していた中村さんはいやな予感がした。
「彼がスタートする直前、急に猛吹雪になり、コースが全く見えなくなったからです。このシーズン、彼はワールドカップ全試合で表彰台に立っていたので、ぼくらは“いつもの力を出せば勝てる”と踏んでいました。結局彼は悪条件をものともせず素晴らしい滑りをしたのですが、それはRACANが吹雪の中でも機能したことも大きかったと自負しています」
「見えなきゃ死ぬよ」が開発に生きる
RACANには「プレミアムアンチフォグ」という曇り止め機能や、光量が少ないゲレンデでも凹凸が見えやすい「ULTRAレンズ」が採用されている。だが性能向上において何よりも大きいのが、「スノーゴーグルで生死を分ける」という同社の開発における考えだ。
「ゴーグルのテストは、競技環境よりも過酷な山深いバックカントリーで行なうのが基本です。競技環境はコースや照明が整備されていて、競技時間も短いので視認性に与えるリスクは小さい。ですから私たちはあえて天候や温度変化の予測が難しいバックカントリーに分け入って、意図的に発汗するために登攀するなどのテストをしているんです」
山本光学の社員はゴーグルの新商品開発のたびに八甲田山に赴き、バックカントリースキーのガイドと共に繰り返しテストを行なう。
「この環境では見える、この状況では見えないなどとフィードバックをいただくためです。“見えなきゃ死ぬよ”というガイドの声を直に体験して、開発に生かしているのです」
最悪の状況を想定して「見えること」を前提につくられたゴーグルには、五輪会場での突然の吹雪も大した問題ではなかった。