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酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
《大谷翔平という野球史の転換点》を私たちは目撃している… 満票MVPが「選考委員・データの価値観を覆す証明」である理由
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph byNanae Suzuki
posted2021/11/19 17:15
大谷翔平はメジャーリーグの概念を大きく変えた。そういう功績も称えての満票MVPだったのだろう
ただし「MVPは、野手に与える賞だ」と規定されたわけではない。
毎年のMVP投票結果を見ると、少数ながら投手にも票が入っている。また最近でいえば、2011年のア・リーグはデトロイト・タイガースのジャスティン・バーランダー、2014年のナ・リーグはロサンゼルス・ドジャースのクレイトン・カーショウと投手が選出されている。このあたり、その年の30人の記者の「気持ちの揺れ」に左右されている感もなくはない。
記者の「気持ちの揺れ」が満票MVPに関係している?
実はその「揺れ」が大谷翔平の「MVP選出」に関係しているのだ。
現代のMVPの選考で最も重要な指標とされるのがWAR(Wins Above Replacement)だ。WARは打撃、投球、守備のあらゆるデータを加味した、野球の統計学であるセイバーメトリクスでも究極の指標とされる。MLBにおいて、WARは打率、本塁打、勝利数、防御率など従来の指標よりもはるかに重要視される。
今、MLBでは労使交渉が行われているが、MLB機構側はWARを年俸支払いの基準にする提案を選手会側にしているほどである。
WARの最大の特色は、投手も打者も同じ基準で比較対象ができることだ。
WARは、FanGraphs社とBaseball Reference社の2社が発表している。それぞれfWAR、rWARと略称されるが、今季のア・リーグMVPファイナリスト3人の2社のWARは以下のようになっていた。カッコ内はリーグ順位。
ウラディミール・ゲレーロ(ブルージェイズ)
打撃 fWAR 6.7(1位)rWAR 6.8(3位)
マーカス・セミエン(ブルージェイズ)
打撃 fWAR 6.6(2位)rWAR 7.3(1位)
大谷翔平(エンゼルス)
打撃 fWAR 5.1(10位)rWAR 4.9(11位)
投球 fWAR 3.0(17位)rWAR 4.1(7位)
MVPの選考基準が「野手に限る」と明文化されていれば、そもそも大谷はファイナリストに残ることはなかったと考えられる。打者・大谷のWARは、リーグ10位前後。これでも日本人選手としてはすごい数字だが、この数字だけではMVP級ではなかった。
大谷のWARは「打撃+投手」でいいのでは、という動きも
しかし、これまでの例で見ても、MVPの選考では、投手を必ずしも排除していない。
この辺りが微妙なところなのだが、今季、ア・リーグ投手のWAR1位はfWARがレッドソックスのネイサン・イオバルディ(5.6)、rWARがブルージェイズのロビー・レイ(6.7)だった。こうした純然たる投手はMVP投票ではあまり票が集まらず、サイ・ヤング賞に回り、ロビー・レイが受賞。イオバルディは4位だった。
しかし、大谷翔平に関しては《打撃のWARに投手のWARを加算しよう》という動きになっている。全米野球記者協会(BBWAA)の選考委員にしてみれば「投手と野手の両方で活躍する選手が出てくるなんて、夢にも思わなかった」というところだろう。
大谷翔平の今季の活躍は、従来の選手評価の「価値観」を大きく揺さぶっているのだ。
なおMLBのMVPとサイ・ヤング賞の投票はペナントレースが終わる9月末時点で締め切られている。ポストシーズンの成績は一切考慮されていない。ファイナリスト3人の発表は、要するに「投票結果で3位以内に入っていました」ということになる。