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国産バイクが五輪メダルをもたらす?
世界が羨むブリヂストンの傑作。
text by
木崎伸也Shinya Kizaki
photograph byShinya Kizaki
posted2020/03/22 11:30
長谷川彰洋さん。
東京2020大会でメダル獲得を目指しているのは、アスリートや指導者、競技団体ばかりではない。大会で使用する機材開発においても競争は熾烈だ。国産機材でメダル獲得を目指す自転車競技の場合は……。
東京五輪の自転車競技で、日本初の金メダルが生まれるかもしれない。UCIトラックワールドカップの2019-'20シーズンにおいて、日本は男子チームスプリントで2大会連続で金メダルを獲得。男女合わせて金4・銀1・銅3を手にして勢いに乗っている。
まぐれではない。世界トップレベルのコーチの指導に加え、バイク自体に好調の秘密がある。2019年9月、ブリヂストンとブリヂストンサイクルは、開発した自転車がトラック競技で採用されることが決定したと発表。以前はフランス製の機材を使っていたが、日本の技術を結集した“国産車”によってタイムが縮まった。設計を担当した長谷川彰洋は言う。
「五輪で勝つために、各国が国を挙げて自転車を開発している。私たちの目標は、日本の選手が日本の機材に乗ってメダルを獲ることです」
もともと長谷川は、一般市販用の自転車の設計をしていた。
「基本的に商品企画担当1人、設計担当1人、デザイン担当1人というチームで1台の自転車を商品化する。思い出深いのは小学生の女の子向けの『リコリーナ』。部品はフレーム以外全部担当しました。3万円台の自転車なんですが、乗っている子がいるのを見かけると嬉しいです」
転機が訪れたのは2015年、社内で競技用自転車を新開発する計画が立ち上がったときだ。長谷川はメンバーに抜擢された。
「初めてトラックバイク開発に携わるメンバーも多く、最初は詳しい人に話を聞いたり、他のカーボン製品メーカーを訪問したりして勉強しました」
自転車の難しさは、空力と剛性のバランスにある。例えば、極度にフレームを薄くエアロ化すれば空気抵抗は小さくなるが、車体が選手のパワーに負けて変形し、漕いだ力が推進力に変わりづらい。
国の威信がかかっており、イギリスではスポーツカーメーカー『ロータス』が参加し、ドイツでは旧東ドイツにルーツを持つ連邦内務省支援の研究機関『FES』が担っている。日本も負けられない。親会社ブリヂストンも技術力を結集した。
「ブリヂストンにはタイヤ開発で培った解析技術があり、自転車を数値計算によってコンピューター上で走らせることができた。レースカーのカーボンパーツを作っていた職人も加わり、開発速度がアップしました」
長谷川ら11人のチームは、フレームやハンドルに留まらず、ホイールやクランクまでをも考慮したトータルパッケージで開発。「おそらく世界初の試み」と胸を張る。
販売価格は530万円。
ただし、選手が活かせなければ意味がない。バイクの正式採用には、日本自転車競技連盟(JCF)の承認が絶対条件だった。
「最初、短距離コーチからは『まるで泥の中を進んでいるようだ』と言われて。時速70kmで傾斜約45度のコーナーを集団で走るので、一瞬でも意図するラインからズレたら事故につながるし、勝負所を逃す。尋常ではない操作性を求められました」
試作と試走を何度も繰り返し、2019年9月、ついにJCFからOKを得た。
「正式採用されるかわからない中での開発でしたが、焦りはなかった。JCFのアドバイスを生かして一緒に作った。日本の選手は、他国のスタッフや選手から『すごいのを作ったな』と言われるそうです」
ちなみに五輪で使用する自転車は販売を義務付けられており、今回採用された自転車の値段は1台530万円だ。
五輪チケット抽選に申し込んだところ、幸運にも長谷川はトラック競技のチケットが当たった。
「日本勢の成長は目覚ましく、陸上の100mでたとえたら9秒7の選手がそろっているイメージ。ぜひ注目してください」
伊豆ベロドロームで、極限の戦いが繰り広げられる。
長谷川彰洋はせがわあきひろ
1987年6月16日、群馬県生まれ。'10年に東京大学工学部を卒業し、'12年に同大学院工学系研究科機械工学専攻修士課程修了。大学時代に趣味でロードバイクに乗っており、それを仕事にしようとブリヂストンサイクルに入社。入社後は通学用や子供用の自転車の設計を担当。'15年から競技用自転車の開発プロジェクトの一員になり、現在は空力の担当として、主に解析や設計を行う。昨年9月、開発してきた短距離種目と中距離種目のトラックバイク2種が、日本代表選手団の使用機材に正式採用。