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世界中の競馬ファンが熱狂する、
メルボルンカップの悲喜こもごも。

posted2018/11/09 16:00

 
世界中の競馬ファンが熱狂する、メルボルンカップの悲喜こもごも。<Number Web> photograph by Satoshi Hiramatsu

メルボルンカップを勝利したクロスカウンター陣営。向かって左端がC・アップルビー調教師。

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平松さとし

平松さとしSatoshi Hiramatsu

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Satoshi Hiramatsu

 11月の第1火曜日の午後3時。オーストラリアでは特別な意味を持つ時間だ。

 この日、同国のヴィクトリア州は祝日である。その名も「メルボルンカップデー」という祝日なのである。メルボルンカップは別名“The race that stops the nation”とも呼ばれる。

“国を止めるレース”。スタートが切られると、オーストラリア中の学校や仕事場の皆が勉強や仕事の手を休め、レースを観戦するという意味だ。

 レース前日にはメルボルン市内の目抜き通りで出走馬関係者や過去の優勝馬までが参列するパレードが大々的に行われるこのレース。今年は11月6日、いつも通りの午後3時にゲートが開いた。

 24頭立てのハンデ戦にオーストラリアの馬ばかりでなくヨーロッパや日本からの出走馬もあり難解な一戦。結果は近年のこのレースの傾向を反映するようにヨーロッパ勢が圧倒。1~3着をイギリスからの遠征馬が独占。4着にかろうじて地元オーストラリアの馬が入ったものの、その馬もヨーロッパからの移籍馬。ついでに言えば5着もヨーロッパの馬で、日本馬チェスナットコートは道中の不利もあって14着に沈んだ。

あるイギリス人調教師の物語。

 このようにもはやオーストラリアを飛び越し世界中のファンや競馬関係者が注目するビッグレースとなった感のあるレースだけあって、勝者にも敗者にも悲喜こもごもの物語があった。

 例えばレッドヴァードンという馬を送り込むつもりで現地入りしたイギリスのエド・ダンロップ調教師。彼はスノーフェアリーで日本のエリザベス女王杯を連覇(2010、2011年)している事から日本のファンにもお馴染みだろう。メルボルンカップにはレッドカドー(2013年、春の天皇賞で3着)を再三送り込み、2011、2013、2014年と2着。とくに2011年は勝ったドゥーナデンから僅かハナ差の2着とあと一歩のところで南半球最大のレースを取り逃がした。

 しかし、2015年に出走した際は最後の直線で故障を発症。残念ながらその時の怪我を要因として命を落としていた。

 そんな思い入れのある馬との思い出深いレースに、今年は同じ馬主のレッドヴァードンを挑戦させるつもりでいたのだ。

【次ページ】 最後の望みをかけての出走。

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