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『アイ、トーニャ』は悲しくて笑える。
アメリカ下層階級とフィギュア界。
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byAFLO
posted2018/05/20 08:00
伊藤みどりに次ぐ史上2人目のトリプルアクセル成功者でもあったトーニャ・ハーディング。その後ボクシングや総合格闘技にも挑戦している。
トーニャの母親役が見事な怪演。
また、映画の「文法」にも毒がある。
登場人物のインタビューがインサートされ、毒が物語を加速させる。
この手法は、私の世代ではウォーレン・ベイティの『レッズ』や、それを茶化したウディ・アレンの『カメレオンマン』を連想させ、カット前に俳優がカメラの方を向き、決め台詞をいうあたりはタランティーノの文法が思い起こされる。
つまり、語り口も直線的ではないということ。
俳優の中では、トーニャの母親役のアリソン・ジャニー(ジャネイと表記されているが、英語の発音はジャニーの方が近い)が、怪演を見せる。
お上品なフィギュアスケートの世界に殴り込みをかけた、行き過ぎた母親。その異常な情熱は娘をオリンピック・スケーターへと成長させたが、娘に対する過干渉、暴力が母子の関係性にゆがみを生む。
そうした過去を正当化するしかない悲しさと、滑稽さ。アリソン・ジャニー、一世一代の怪演である。
実はこの人、テレビドラマ『ザ・ホワイトハウス』(民主党支持者のファンタジーのような政治ドラマ)で、CJ・クレッグというホワイトハウスの報道官を演じ、素晴らしく理知的なところを発揮していたのだが、『アイ、トーニャ』では180度違うキャラクターを演じ、アカデミー助演女優賞に輝いた。
こうした俳優がいるアメリカは、やはり侮れない。
この顛末は悲しいが、笑える。
もしも、この映画でヒルビリーの生活に興味を持ったとしたら、J.D・ヴァンスの『ヒルビリー・エレジー』(光文社)をぜひとも手にとって欲しい。この映画と同様にヒルビリーの生活の実態、そしてなぜ彼らが苦しい生活から抜け出せないか(情報弱者でもある)、実体験をもとに書かれる。そしてこの層が熱狂的なトランプ支持者になっていった歴史的な経緯も分かる。
面白いのは、『アイ、トーニャ』のとある登場人物の部屋には、ロナルド・レーガンのポスターが貼ってあることだ。レーガンとトランプの支持者は似たような属性を示しているから、『アイ、トーニャ』は現代アメリカの理解にも大いにつながる。
『アイ、トーニャ』は、運動能力に恵まれていたがため、場違いな世界に殴り込みをかけてしまった人たちの物語である。
その顛末は悲しい。
が、笑える。
そして、この映画の毒は、心地よい。