サハラマラソン挑戦記BACK NUMBER

星のサハラ砂漠を遥々と歩く……。
サソリも怪我も遭難も慣れてきました。 

text by

松山貴史

松山貴史Takashi Matsuyama

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photograph byTakashi Matsuyama

posted2011/05/06 06:00

星のサハラ砂漠を遥々と歩く……。サソリも怪我も遭難も慣れてきました。<Number Web> photograph by Takashi Matsuyama

オーバーナイト・ステージ、レースの合間に「サッポロ一番」を食す

死ぬほど寒い。止まると歩けなくなるのが怖い……。

 鳥取砂丘でも似たような目に遭ったが、今回遭難すれば本当に命を落としかねない。一体、自分は何のためにこんなサハラくんだりまで来ているのだろう、と考えながら周囲の選手の明かりを頼りに、目を凝らしながら一歩ずつ進む。

 1時間ほど進むと、同じテントで過ごす、ザック2個持ちで行商風な田中実さんと遭遇した。荷物が多いだけあって、田中さんのヘッドライトはとても大きく、明るさも凄まじい。九死に一生とはこのことで、仲間が増えたこともあって安心感も得られたが、砂漠の気候は容赦なく我々の体力を奪っていく。昼間は50度を超えたのに、夜は恐らく5度くらいになっていた。

 寒すぎる。

 着替えたいが、止まると歩けなくなるので、必死に進む。泣きそうだ。恐らく参加費が2万円くらいの大会なら、「棄権」を知らせる発煙筒を連射していただろう。

 ようやくCP4が見えたが、いつもの如く見えてから30分かかった。

 CP4到着。時刻はAM0時過ぎ。ギリギリ制限時間の16時間以内に49kmを達成。

 これから先はどうするか話合いになった。過去の大会では、オーバーナイト・ステージで女性選手が襲われ、時計等の備品を奪われた事もあるらしい。そして不審なベルベル人も散見された。暗くて寒すぎる上、4人中2人のヘッドライトが使えないとなると、CP近くで野営するのが得策だという話になる。今日は疲れすぎた。アミノバイタルを3本摂取しAM1時に就寝。

 一瞬で寝つけたのだが、あまりの寒さにすぐ目が覚める。気温5度対応のシュラーフで対応できないとはどういうことだ? トイレに行きたくなったが、寒すぎてシュラーフから出たくない。いっそのこと、このままトイレを済ませてやろうか……と思うくらいの寒さだ。まだあと3日使うので凍えながらシュラーフを出てトイレを済ませ、ありったけの衣類を着て眠る。早く帰りたい。

●4月7日(木)レース5日目……4th stageの途中

 AM5時半に起床。日中の暑さは凄まじいので、日の出とともに出発するためである。

 やはり寒い。

 しかし、日中ドロドロになったスニッカーズが復活している。ウイダーインゼリーも冷たくなり、保冷剤のようになっている。これは新たな発見だ。

 AM6時半出発。周りは誰もいない。田中さんもいつの間にか出発していた。また最初の3人になり、どうやら最下位スタートのようだ。

 最後尾にはラクダ飼いのベルベル人とラクダが付いている。よく見るとラクダ飼いはクロックスを履いていた。「よくそのクロックスで今まで付いて来たな」という考えよりも、「窃盗品じゃないのか」、という疑念が先行してしまった私は、相当ベルベル人が苦手のようだ。

 最後尾なので事務局の車も付いてきた。我々が通る度に、不要になった目印の杭を抜いていくためである。最初は向こうも「日本頑張れ!」「俺ん家のテレビ、ソニーだぜ!」「息子がNINTENDOばっかやって勉強しないぜ!」などと優しく声を掛けていてくれたが、あまりの遅さと、所々で遊んでいたため(お菓子を食べたり、写真撮ったり)しびれを切らしてどこかへ行ってしまった。それと同時に、目印が無くなった。どうやら勝手に目印を片づけてしまったようだ。いよいよコンパスを使う時が来たのか、と不安になっていると、別の選手を見つける。これで助かった。

 朝の涼しい時間帯だったので順調にCP5に到着。まだAM9時半だ。

 この勢いのままCP6へ出発。目印を頼りに結構な時間歩いていたが、周りに人がいない上に、目印が無い。

 不安になって地図を確認すると、どうやら違う場所にいるようだった。またしても遭難してしまった。

【次ページ】 気温50度の炎天下。3人の日本人選手はやがて無言に。

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