博多の人・王貞治BACK NUMBER
「今から、開幕投手は断ってくるから」王ホークスで“強運の男”が3年連続開幕に選ばれた意外な真相「最初に言われたのは監督じゃなくて…」
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喜瀬雅則Masanori Kise
photograph byJIJI PRESS
posted2026/09/29 11:06
ヤクルト、ダイエーで通算5回開幕投手を務めた西村龍次。ホークスで開幕に指名された意外な経緯とは?
しばらくすると、外野で練習中だった西村のもとにマネージャーが現れ、「監督が呼んでいるから」と監督室に来るように言われたという。
ホントに、来た。工藤さん、本当に断ったんだな……。
西村が監督室に入るや否や、王は強い口調で、こう聞いてきたのだという。
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「開幕、どうだ? やったことはあるのか?」
開幕投手2度でいずれも優勝していた
西村は、その時点ですでに開幕にまつわる“強運伝説”を持っていた。1992、93年にヤクルトで2度経験し、92年はリーグ優勝、93年には日本一に輝いている。
つまり、開幕投手を務めた年の「優勝確率」は「100%」だった。
「はい、ヤクルトでやりました。2回やって、2回とも優勝しました」
自ら“開幕投手で必ず優勝”のデータを披露することで、西村は決意のほどを表したのだ。
「喜んでもらえたかどうかは分からないけど、監督から『どうなんだ?』って言われたから、こうでした、と。自分から言ったよ。でも、俺の表情を見るために、わざと言ったのかな? 自信満々に言い返してきたから、俺に決めたのかもしれないですよね」
西村は、王とのやり取りの中で感じた、ちょっとした“違和感”を、そう推察した。
工藤が開幕に間に合わないなら、という次善の策は、王も考えていただろう。98年に13勝を挙げ、最多勝のタイトルを獲得していた武田一浩は明大の先輩・星野仙一が監督を務めていた中日へそのオフ、FA移籍していた。西村は、武田に次ぐチーム2位の10勝をマークしていたから、工藤回避のケースの“Bプラン”として、西村での開幕も想定し、過去の実績だって調べていたはずだ。
本当に知らなかったのか。ちょっとした演技だったのか。そのあたりを詮索するのは野暮というものだろう。西村の“強気な快諾”に、王の声が思わず弾んだ。
「おっ、そうなのか!」
監督契約最終年となる5年目。その幕開けは“強運右腕”に託された。
〈つづく〉


