Sports Graphic NumberBACK NUMBER
柔道世界王者の角田夏実が勝つために審判にあえて魅せていたものとは? MASTER BUNNY EDITION PRESENTS Vol.2―勝って、魅せる。―
posted2026/11/02 11:00
text by

石井宏美Hiromi Ishii
photograph by
Yuji Kawata
世界選手権3連覇、そしてパリでの金メダル獲得。角田夏実は日本柔道界の至宝として、数えきれないほどのプレッシャーを背負い、畳の上で戦い続けてきた。
そんな彼女は今年1月に第一線から退き、次の頂へ向かって歩み始めた。
現在は柔道の裾野を広げるため、教室での指導やYouTubeでの発信など、精力的に活動している。
「柔道人口を増やしたいんです。バリバリ戦うだけじゃなくて、体を鍛えたり、自分の身を守ったり、遊びながら学べるような場所を作りたい。来年あたりには道場を始めたいなと思っています」
格闘技としての厳格さを保ちつつも、もっと身近で、誰もが門を叩ける場所。畳の上で得た喜びを、次世代に楽しみながら学べる身体文化として伝えていく。それが新しい使命だ。
そんな彼女が今、最も心を揺さぶられているのがゴルフだという。
昨年、友人に連れられて練習場を訪れたことが、始めるきっかけになった。
「とりあえず最初はこれだけあれば大丈夫というクラブを買ってコースに出たんですが、これは練習しないとまずいなと感じて。そのうちクラブも全部揃えたくなって、一気にハマりました」
しかし、柔道で培った超一流の身体能力も、ゴルフでは思い通りに動かない瞬間があるという。「柔道の経験が、今は邪魔ばかりしているんです」と苦笑いする。
ゴルフは力を抜くから難しい
「柔道は常に相手と動いて作るものなので、決まりがない。でもゴルフは再現性のスポーツ。柔道の感覚でやろうとすると、どうしても力が入っちゃうんです。特に手首のスナップ。柔道でひねる動作が染み付いているんですけど、ゴルフではそれを使うなと言われて。力を抜くのがこんなに難しいなんて思いもしませんでした」
さらに角田を悩ませるのがゴルフ特有の激しい浮き沈みだ。
「前回はすごく良かったから、次はもっと良くなるはずだと思って行くと、最悪の結果になる。『もうゴルフが嫌いになりそう!』と思いながら次のホールに行くと、パーンと当たって『めっちゃ楽しい!』と一瞬で変わったり(笑)。あんなに18ホールの中で気持ちがブレブレになることは他にないですよ」
ミスショットをしては、ボールを追いかけて広いコースを必死に走る。今の彼女には、そんな無邪気な一面がある。
だが現役時代、ひとたび畳に立てば、表情は一変し、研ぎ澄まされた集中の世界へと入っていた。
そんな姿から「勝負強い」という印象が語られることも多い。だが、彼女自身の自己分析は少し違う。
「私は勝負強くないし、緊張にも負けてしまう。だからこそ全部を埋めていかなきゃいけないんです。勝負強い人なら『これくらいでいっか』とノリやテンションで勝てるんでしょうけど、私はそれがダメで。穴という穴をすべて潰して、ガチガチに決めて、想定して。そうしないと怖くて戦えないんです」
この弱さを認める潔さこそが、彼女の最強の武器である周到な準備を生んでいる。
戦う上でまず大切なことは、絶対にポイントを取らせないこと。相手にやりたいことをさせず、相手の出方に合わせて自分の技をハメていく。石橋を叩いて渡るような、緻密に組み立てた「勝利の方程式」。それは、自身の心配性な性格を戦略へと昇華させた結果なのである。ハプニングすらも、起こることを想定内にするという徹底した準備が、安定感につながっている。
角田の代名詞といえば、芸術的な巴投げとそこから一瞬のスキを突く寝技だ。この二つの技術の組み合わせには深い戦略が潜んでいる。
審判に“魅せる”ことが重要
かつては、寝技に持っていくためのパターンの一つだった巴投げだが、その精度を高め、投げで一本を取れる武器へと磨き上げていった。しかも、投げるための技と見せるための技を明確に使い分けている。
「審判も人間なので、印象が大事なんです。投げられない技でも、投げられそうな感じでかけたり、自分の得意技じゃなくてもこの形ならこれを見せておこう、といった『布石』を打つことがあります。そうすると審判も『あ、こっちが攻めているな、有利だな』と思ってくれる。投げに行く技と、見せるための技。その使い分けはかなり意識しています」
勝利を最優先しながらも、畳の上でどう見せるかをとても大事にしていた。審判の心の動きまで読み取り、流れを味方につけるその駆け引きは、深い読み合いそのものだ。
興味深いのは、パリ大会前、角田はあえて「今回は巴投げ以外で勝ちたい」と口にし、試合でも別の技を探るような動きを見せたことだ。
その表の姿とは裏腹に、実際には本命の巴投げを磨き続けていた。周囲の警戒を散らすための揺さぶりは、結果として巴投げをより鋭く仕上げる伏線となった。
そんな彼女が勝利のため、冷静な決断を下したのが決勝戦だった。
「今までなら絶対に一本を取りに行っていた場面で、残り30秒、ポイントを守るために寝技で時間を使うことを選んだんです。子供の頃に見ていた、ラスト数秒での大逆転劇がフラッシュバックして。ここで変に攻めて負けるわけにはいかない、みんなの期待を裏切っちゃいけないって」
初めて味わった重圧。そこにあったのは、個人のこだわりを超え、国を背負って戦う一人のアスリートとしての、究極の責任感だった。
迷いが許されない世界からゆっくり考える世界へ
その緊張の張りつめた世界に身を置いてきた角田にとって、昨年ハマったゴルフは、まるで別の呼吸を与えてくれる存在になっている。
戦いの場では一瞬の迷いも許されないが、ゴルフでは自分の感覚に委ねる時間が流れ、そこに静かな自由を感じている。
その一つがおしゃれを通じた自己表現だ。
白か青か。どちらが強そうに見えるか、あるいは弱そうに見えるか。
高校時代、柔道着の着こなしを探っていた、あのストイックな日々とはまったく違う。そこには、思いがけないほど自由な世界が広がっていた。
マスターバニーエディションのウェアは、女性らしいだけでなくスタイリッシュ。おしゃれを楽しめるうえに、機能面でも優れているところが角田の心をつかんだ。
「上下の色をどうしようか考えるだけで、テンションが上がってゴルフ場に行ける。柔道にはなかった楽しみです。白のパーカーは生地感がとにかく良くて、ずっと触っていたくなります。ゆったりしているのに着ぶくれしないですし、デザインも私服で着たいくらいおしゃれ。あと、冬のゴルフは寒いから行きたくないじゃないですか(笑)。でも黒のウェアの方は風を全く通さないし、中が裏起毛になっていて暖かい。上着を着ると動きにくいのが悩みでしたけど、これなら動きやすい。実用性と可愛さが両立しているのが嬉しいです」
スポーツをしながらおしゃれを楽しむ。それは、常に「戦い」の場に身を置いてきた彼女にとって、最高のリフレッシュとなっている。ゴルフウェアを通じて自身の新たなスタイルを確立しようとしている。
ゴルフでの目標はスコア100を切ることだ。
「ドライバーからグリーン周りまではいいのに、パターで叩いてしまうんです。あるいはその逆。”いけるかも!“と思った瞬間に力んでしまうのは、やっぱりアスリートの性なんですかね(笑)。でも、その一喜一憂こそが楽しいんです」
ゴルフを「リフレッシュ」「コミュニケーション」「運動」が凝縮された大切な時間だと捉える。ゴルフ場という新たなフィールドでも角田は鮮やかに色を放ち始めている。
Edited by Kenji Washio
Hair&Make Up by Yuko Iitsuka / Styling by Chisato Yoshioka
角田 夏実つのだ なつみ
1992年8月6日生、千葉県出身。小学2年生で柔道をはじめる。八千代高校、東京学芸大学を経て社会人となってから世界レベルで頭角を現し、2017年の世界選手権52kg級で銀メダル獲得。'19年に48kg級へ階級変更すると、'21年から世界選手権で3連覇を達成。'24年にはパリオリンピックで金メダルを獲得した。今年1月に現役引退を発表。現在はメディア出演のかたわら柔道の普及に努めつつ、地元で道場を開く夢を実現すべく活動している。
マスターバニーエディションとは?
プロゴルファーがツアーで戦うための本格的な機能を持ち、プレーに集中して戦闘態勢に入ることのできるウエアを追求して2010年春に誕生。プロゴルファーの求める機能性や素材はもちろんのこと、ディテールやデザインにもこだわり、ゴルファーに配慮した工夫が施されている。『勝って、魅せる。』をブランドコンセプトにし、“勝ちたい気持ちをつくる服”を届けている。




