博多の人・王貞治BACK NUMBER
30年前「衝撃の事件」はここで起きた…福岡ダイエーホークス・王貞治“最大の屈辱”の現場「日生球場」跡地は今どうなっているのか
posted2026/07/10 11:04
往時の日生球場。1996年、ここで行われた近鉄対ダイエー戦で大事件が
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喜瀬雅則Masanori Kise
photograph by
JIJI PRESS
JR大阪駅から外回りの環状線で5駅目、右手に見えていた大阪城の天守閣が背後へと遠ざかるのが合図かのように電車のスピードが次第に落ち、森ノ宮駅へ到着した。
北出口の左側に出ると、すぐ目の前を玉造筋が走っている。横断歩道を渡り、右手に見える阪神高速道路の高架下にある中央大通りに沿って歩いていく。
足元を見ると、地面に敷き詰められている白いタイルの独特な模様に気付いた。
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そこには、野球場のダイヤモンドが描かれていた。往時をしのんで敷き詰めた、粋な計らいだと勝手に想像し、その場にしゃがみこんでスマートフォンのカメラで撮った。
「あの球場」の痕跡
後に調べてみると、球場があった当時も、森ノ宮駅から続くこの道に同じ模様の敷石が敷き詰められていたといい、中央大通り沿いの別の場所にも、似た模様のブロックが散見されるとも聞いた。それこそ諸説紛々だが、球場跡地、いや、球場が稼働していた当時から“足元の芸術”もあったという新たな発見には、改めて、百聞は一見に如かずだと痛感した。
かつてなら、ちょうど左翼席後方あたり、球場に隣接する形でバッティングセンターがあり、駅から球場に近づくにつれて、金属バットでボールを弾く「キン」という高い音が聞こえてきたものだった。試合開始まで時間があるとき、ついケージに入って、汗を流しながらスイングしていると、試合を終えた大学野球の選手たちがちょうど通りかかり「ナイスバッティング」と声を掛けられ、恥ずかしくなったことを覚えている。
駅から徒歩5分とかからない、この交通至便な街の真ん中に「日生球場」があった。

