博多の人・王貞治BACK NUMBER
「今から、開幕投手は断ってくるから」王ホークスで“強運の男”が3年連続開幕に選ばれた意外な真相「最初に言われたのは監督じゃなくて…」
posted2026/09/29 11:06
ヤクルト、ダイエーで通算5回開幕投手を務めた西村龍次。ホークスで開幕に指名された意外な経緯とは?
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喜瀬雅則Masanori Kise
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JIJI PRESS
今やホークスでの年月がジャイアンツ時代を超えた王貞治の、博多での道のり。王ダイエーの1999年、2000年の優勝に「数字以上」の貢献を果たすことになる、ある投手に、王がかけた言葉とは?〈連載「博多の人・王貞治」:全3回の1回目/つづきを読む〉
王ダイエーが日本一に輝いた1999年、そしてリーグ連覇を果たした2000年、いずれも「開幕投手」の大役を担ったのは、西村龍次だった。
西村のプロでのキャリアは、実に華々しいスタートだった。
今もなお「大豊作」と称される1989年ドラフトは、後に日米通算201勝を挙げる「トルネード」こと、新日鉄堺の右腕・野茂英雄が超目玉。8球団が競合した末、近鉄が交渉権を獲得。野茂の抽選に外れたヤクルトが1位指名したのが、ヤマハの右腕・西村だった。
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プロ1年目の1990年から10勝を挙げ、以後15、14、11と4年連続2桁勝利。92、93年にヤクルトは2年連続リーグ優勝、93年には日本シリーズで西武を下し、15年ぶりの日本一となったが、西村は93年のリーグVを決める試合で完投、胴上げ投手にも輝いている。1990年から9シーズン、ヤクルトの指揮を執った名将・野村克也の前半期において、まさしくエース格としてフル回転していた。
ダイエー移籍で復活を遂げた西村
1995年の開幕直前に吉井理人とのトレードで近鉄移籍。しかし近鉄では95年も5勝止まり、96年は4試合登板で未勝利、97年は1軍登板すらなく、わずか3年で退団。テストを経てダイエーに入団した98年、10勝を挙げてカムバック賞を受賞。その“復活右腕”が、移籍2年目の1999年、自身3度目となる「開幕投手」に抜擢されていた。
開幕投手に決まるまでの内幕に関して、西村の記憶をもとに辿ってもらった。

