博多の人・王貞治BACK NUMBER
「先祖の墓は、どこにあるんだ?」王貞治が謎の質問をした不振の開幕投手の“強気伝説”とは?「危険球ルールを変えたのは、俺だから」
posted2026/09/29 11:07
開幕戦で好投したが、その後成績が上がらない西村龍次に王は驚きの声をかける。西村は期待されれば絶対に応えたいという強気の男だった
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph by
Koji Asakura
1999年の開幕戦は4月3日。敵地・西武ドームには、この年から「屋根」が設置されており、ドームとしての公式戦初となる一戦でもあった。
西武の開幕投手・西口文也は、その前年の98年にダイエー・武田一浩、ロッテ・黒木知宏と並ぶ13勝をマークして、2年連続で最多勝のタイトルを獲得。3年連続で2桁勝利をマークし、最多奪三振のタイトルも97年から2年連続という、まさしく難攻不落の右腕だ。しかも当時のダイエーは西武を苦手にし、前身の南海時代の82年から17年連続負け越し中だった。
開幕戦で快投したが……
そんな相性の悪さをものともせず、西村龍次が快投を見せた。
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西口との投手戦は互いに譲らぬまま、0-0のまま9回に突入。ピンチを招いた西村は9回1死で無念の降板となり、その後2死満塁となると、西武の代打・河田雄祐の一打は一、二塁間へ。投手の山田勉が懸命に一塁ベースカバーに走り、河田は必死のヘッドスライディング。際どいタイミングの判定は「セーフ」で記録は一塁内野安打。ダイエーは0-1、無念の開幕サヨナラ負けを喫した。
しかし翌4日は、4年目・24歳の佐久本昌広が先発、6回無失点で切り抜けると、7回は藤井将雄、8回に吉田修司、9回は連投の山田とつないでの無失点リレーで快勝。開幕の4月は11勝9敗と勝ち越し、5年目の王ダイエーは順調な滑り出しを見せる。
ただ、その後の西村は、開幕投手の“宿命”に直面することになった。先発ローテーションの関係上、どうしても相手の開幕投手、つまり主戦格と次々に当たっていくことになる。

