博多の人・王貞治BACK NUMBER
「来年も開幕頼むぞ」「僕、手術していますけど?」ダイエー王貞治が“強運の投手”西村龍次にかけたまさかの名言「開幕投手には『格』がいるんだ!」
posted2026/09/29 11:08
2000年には開幕の1試合しか投げられなかった西村だが、2001年も開幕投手を託された
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph by
Sankei Shimbun
今やホークスでの年月がジャイアンツ時代を超えた王貞治の、博多での道のり。1999年、2000年に優勝を果たした王ダイエーの開幕投手を務めたのが、西村龍次だった。シーズンでは本来の力を見せられなかったが、間違いなく連覇に貢献した西村に寄せられていた、王の厚い「信頼」とは。〈連載「博多の人・王貞治」:全3回の3回目〉
話を少々早送りするが、2000年も西村龍次は2年連続で開幕投手を務めた。
しかもその年、投げたのは開幕の1試合だけ。5月に右肘の手術を受け、2軍での長いリハビリが続く中、連覇を果たすと、西村も胴上げに参加した。
「長いこと、監督に会っていなかったんやけどね」
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歓喜の興奮が続く中、王は西村の姿を見つけると、すかさず近寄って来た。
「来年も頼むぞ」「監督、僕、手術していますけど?」
そうした背景もすべて織り込んだ上で、西村の「強運」と「強気」に、王は2001年も引き続き、開幕投手の座を託すと決め込んでいたのだ。
「そのつもりでいてくれ。何もなければいくからな」
信頼には応えたいが……
2001年、高知キャンプは2軍スタート。王は宿舎のホテルで顔を合わすたびに「どうだ? 大丈夫か?」。気持ちに応えたかった。しかし、調子が全く上がってこない。
「ボールを持つ、力入れる、手から離れる。そのギャップが凄すぎたんです」
投げる球のイメージが、自分の動きと全く合わなかったというのだ。
「もう、全然ダメ」
西村は意を決し、監督室のドアをノックした。
開幕投手の候補が、いないわけではなかった。若田部健一は99年10勝、2000年9勝をマークし、10年目を迎えていた。4年目の永井智浩も99年10勝、00年9勝と安定した成績を残している。12年目の田之上慶三郎も00年は8勝。さらに6年目の斉藤和巳は00年にプロ初勝利を含む5勝、後半戦は先発ローテの一角を掴んでいた。

