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「ショックで、震えが止まらんかった」藤井将雄逝去の激震のなかで王ダイエーが挑む史上最大の決戦“ONシリーズ”「ちょっと辛かった…」
posted2026/08/31 11:05
藤井将雄のあまりにも早すぎる死がホークスの仲間たちに残した思いとは。そして否応なく、20世紀最後にして最大の決戦が訪れる
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph by
KYODO
日本シリーズに備え、高知での黒潮リーグでも主力投手陣が調整登板を行っていた。捕手として参戦していた城島健司が、藤井将雄の『死』を伝えられたのは、高知でのことだった。
「聞いたとき、どの藤井さんか分からなかったですもん」
あの藤井と『死』が、城島の心の中で繋がらなかったのだ。
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「例えば事故とかなら、メジャーでも僕は何度か接したこともあるし、聞いたこともありました。でも病気で、しかも31歳でしょ? なんか、震えが止まらんかったのを覚えています。ホント、ショック過ぎて……」
故郷・唐津で行われた葬儀・告別式は生きていれば藤井の32歳の誕生日だった10月16日。日本シリーズ開幕の5日前のことだった。斉藤和巳は、黒潮リーグでの登板予定があらかじめ決められていたため、藤井の葬儀にはスケジュールの都合で参列できず、通夜に出た後、そのまま高知へ向かった。
若田部が「藤井ハリー」にしのばせたもの
告別式には、王をはじめ、ダイエーのコーチ、選手たちがユニホーム姿で参列。日本シリーズで対戦する巨人に移籍していた工藤公康も、喪服で参列し、藤井の棺をかついだ。
「今、こうしてここにいることが、本当に信じられません」
弔辞を読んだのは、若田部健一だった。
「そして、もうすぐ日本シリーズです。チャンス、ピンチのときはグラウンドに来て、みんなに気合を入れてください。これからもずっと藤井さんとは一緒です」
涙ながらに、藤井にそう誓った若田部は、工藤とともに火葬場まで赴いた。2人はお骨上げの後、分骨を申し出ている。
その“分身”を、若田部は「15」のユニホームを身にまとった「藤井ハリー」にそっと忍ばせ、その視線をマウンドの方に向けて、ベンチに座らせていた。


