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進取の将棋BACK NUMBER
藤井聡太との激闘、永瀬拓矢を襲った「52~59秒の魔物」と…「負けた時にどう気分を良くするか」21歳の八冠に王座経験者が感嘆する理由
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph byKeiji Ishikawa
posted2023/10/19 06:01
王座戦第4局を戦い終え、大盤解説会の会場に姿を現した藤井聡太竜王・名人と永瀬拓矢前王座
実際、この手はピッタリと詰む変化局面があるんです。それが一瞬、盤面に光っているように見えた瞬間が「58~59秒」で訪れた。そして実際の局面が……という流れだったのではと感じます。
これは仮定の話ですが、もしこれが1分将棋ではなく「55秒将棋、1分10秒将棋」だったら、永瀬前王座の中で脳内を整理整頓し直して、正着にたどり着けたかもしれない。その数秒の違いによって運命が変わる――将棋の世界では「指運」という表現をすることがあります。読み切れないけど、指さなければならない。棋士として本当に厳しいシチュエーションです。そこで起きる逆転劇は、まるで魔物のような……と表現しても過言ではないかもしれません。
「勝っている将棋を勝ち切るのが一番難しい」
永瀬前王座は、築いた優勢をまとめるのが非常に上手で、勝ち切るのがとても巧みな方なんです。その手堅さを最後の最後で打ち破ったというところに藤井竜王・名人の恐ろしさを感じるほどの凄みが出ました。
今期の王座戦では、挑戦者決定トーナメントでも藤井竜王・名人が大逆転勝利しています。準々決勝の村田顕弘六段戦です。藤井竜王・名人をはじめ、トップ中のトップ棋士に勝とうとする際、心臓がドキドキする鼓動が自分でも把握できるほど、平常心でいられなくなる。
そういった凄まじいプレッシャーがかかった時、身体が硬くなったり、思考が乱れる。それは人間が指すからこそ起こる心理で、「勝っている将棋を勝ち切るのが一番難しい」という言葉を痛感します。そういった意味で、メンタルゲームとしての醍醐味を将棋は有しているとも言えるのでしょう。
シリーズ全体から見えた“永瀬前王座の凄み”とは
とはいえシリーズ全体を振り返ると、永瀬前王座が上手く指せていた印象でした。
序盤の作戦選択から綿密な研究をし、中盤戦のねじり合いでも少し不利になりそうな局面で形勢を入れ替えていた。藤井竜王・名人が「第3局と第4局は全体を通しても非常に苦しい将棋で、逆のスコアでも、まったくおかしくなかったと思っています」とシリーズ後の会見で話していたのも、何ら不思議ではありません。
中盤のねじり合いの部分は永瀬前王座にしかできない凄みで、一朝一夕で真似できるものではないな……と感じます。