広岡はなぜ若松に厳しく接したのか

　このときの広岡の心境を前掲書から引用しよう。

《「ダッシュをしてみろ」と言われたとき、若松には、「もしパンクしたら」という不安があったらしい。その不安を除くために、私はかなりきついことを言った。けれども、脚を痛めている選手がダッシュなどをやった場合、「これ以上やると危ない」というときには、なんとなくわかるものだ。人間の体には、そういう予防というか予知する能力みたいなものがある。だから、若松が少々ダッシュしても、大事に至ることはあるまいと思っていた》

　若松に発した「お前なんか他球団に行けば～」発言は、広岡によると「不安を除くため」だったという。そして、選手生命を賭して全力疾走することも、広岡にとっては「少々（の）ダッシュ」でしかなかった。これこそ、広岡の広岡たるゆえんであろう。しかし、「いくつかの成功体験」は、やがて「指揮官への信頼」への萌芽となる。少しずつ、若松の中の広岡に対する印象が変化していくことになるのである――。

＜#2に続く＞

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