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スキーで「滑らないワックス」を使うのはなぜ? 一流選手が無名選手に置き去りにされかねない“重要な選択”とは
posted2021/06/13 06:00
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
AFLO
ウィンタースポーツの王者スキーでは、見えないあるものが勝敗のカギを握る。板の滑走面に塗布されるワックスだ。
スキーワックスは17世紀に松脂が使用された記録があり、1940年代には果物や動物の脂が研究対象に。現在はパラフィンとフッ素が主流となっている。'80年代後半、水分への反発力が強いフッ素ワックスが出てきたときは“魔法の薬”と持て囃された。このフッ素ワックスをメジャーにしたのが、スウェーデン創業のスウィックス社。同社の「FC85L」(税抜2万5000円)は、フッ素ワックスの最高峰だ。
ワックスはスキーを滑らせるために欠かせないもの。だがスウィックススポーツジャパンの高野純司さんによると、クロスカントリーの「クラシカル」では「滑らないワックス」が肝だという。ん? 滑らないワックス?
クロカンには走法に制約がないフリーと、伝統的走法で2本の溝の上を滑るクラシカルがあり、後者ではFC85Lに代表される滑るワックスに加えて「グリップワックス」と呼ばれる滑らないためのワックスが用いられる。
「クラシカルのスキー板は足を固定する周りの部分が土踏まずのようなアーチ型になっていて、ここにグリップワックスを塗り、その前後にグライドワックス、つまり滑るワックスを塗るわけです」
ワックスを間違えただけで無名選手に置き去りにされる
前から順に、滑る、滑らない、滑る。
1本の板に相反する性能のワックスを塗るのは、クラシカルでは上り坂はもちろん、平地でもしっかり雪をつかみながら走らなければ勝負にならないからだ。
グリップワックスはスパイクのスタッドと同じ役目を果たしており、この選定に失敗すると悪夢が訪れる。雪質や天候を見誤って粘着性の低いワックスを選ぶと、ワックスが雪をつかめず板が空回りし、逆に粘着性が高すぎると雪がべったり付着して走りづらくなる。雪がつきすぎた板を、日本の競技者は「下駄」と呼ぶ。下駄で雪原は走れない。一流選手でもワックスを間違えただけで、力の劣る無名選手に置き去りにされる。それくらいワックスの影響は大きいのだ。
実に奥深いワックスの世界は、高野さんによると来季新たな局面を迎えるという。
「環境や人体への悪影響に配慮して、フッ素の使用が制限されることになったのです」
次に来る“魔法の薬”は、いったい何か。それを制した者が、残り1年を切った北京冬季五輪で勝つのかもしれない。