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「あのときの僕は自惚れていました」 脇本雄太が収入源を削って“ケイリン”にかける金メダルへの執着心

posted2021/03/15 11:01

 
「あのときの僕は自惚れていました」 脇本雄太が収入源を削って“ケイリン”にかける金メダルへの執着心<Number Web> photograph by Asami Enomoto

text by

石井宏美

石井宏美Hiromi Ishii

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photograph by

Asami Enomoto

「あのときの僕は自惚れていました」

 東京五輪で日本自転車界悲願の金メダルを期待される脇本雄太は、懐かしそうに4年前を振り返った。

「五輪に挑むメンタルではなかった」とリオ五輪での惨敗(13位)に悔しさをにじませる。

 すぐに“東京”とは切り替えられなかったが、同年10月、日本代表短距離ヘッドコーチに就任したフランス人のブノワ・ベトゥ氏と対面し、「このコーチにかけてみたい」と、再び五輪を目指すことを決意したという。

 競輪とケイリン、二足のわらじをはきながら世界を目指す脇本に求められたのは、代表活動に集中することだった。

「それまでは競輪が6~7割、競技が3~4割でしたが、競輪の出場回数を極端に減らして、競技を第一に考えるようになりました」

 収入源である競輪の出場回数を減らしてまでの挑戦。彼を駆り立てたものは何なのか。

「ケイリンで五輪の金メダルを獲りたい。その執着心ですかね」

実は上半身の筋肉を鍛えることも必要不可欠

 現在、五輪会場の静岡・伊豆ベロドロームの近くを拠点としている。トレーニングや栄養面もすべて見直し、一から作りあげてきた。

「上半身の筋肉があまりなかったので、真っ直ぐに走れず、競技には向いていない走り方だと言われていました。自転車競技は脚の筋肉が重要とばかり思っていましたが、キレイに効率よく走るためには、実は脚はもちろん、バランスよく上半身の筋肉を鍛えることも必要不可欠なんです」

 その肉体改造が功を奏し、均整の取れた身体に。「持久力を生かしたロングスパート、よりトップスピードが増した(高くなった)ことで海外の選手からも警戒されるようになった」と手ごたえをつかんでいる。

 32歳で迎える東京は“ケイリン”集大成の舞台。「本当に悔いなく走りきりたいです」

脇本雄太Yuta Wakimoto

1989年3月21日、福井県生まれ。'08年7月デビュー。'16年リオ五輪男子ケイリンに出場。'20年世界選手権の同種目で銀メダルを獲得、同年6月に東京五輪自転車トラック種目代表が内定。GI優勝5回。180cm、82kg。

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