Number ExBACK NUMBER
壮絶キャリアを経て“99%不可能な”五輪代表に… 自転車ロードレース増田成幸が“不死鳥”と呼ばれる理由
posted2021/03/14 17:01
text by
赤坂英一Eiichi Akasaka
photograph by
Utsunomiya Blitzen
東京オリンピックは中止になるのではないか。コロナ禍の終息が見えない中、増田成幸(37=宇都宮ブリッツェン/コンチネンタルチーム)の周辺ですら、そう口にする人々が増えている。そんなとき、増田はいつも、胸の内でこう思うという。
「そんなこと、俺に言ったってしょうがないだろう。自分から諦めたら、それだけ終わりは早くやってくる。いままでにケガや病気、大変な思いをした経験から、投げ出してしまったらそこでおしまいだということだけは、僕にはよくわかってるんです。オリンピックについて何だかんだと言われると、かえってそういう気持ちが強くなりますね」
「いままでの選手人生のベストを」
淡々とそう語る増田は、自転車男子ロードレースの日本代表2人のうちの1人だ。来る7月24日、新城幸也(36=バーレーン・ヴィクトリアス/ワールドチーム)とともに、恐らく人生最初で最後になるだろう五輪の戦いに挑む。
「今年の2月、沖縄で日本代表の合宿をやりました。それまでのトレーニングからレベルを一歩上げて、質も量も増やし、一日に200km以上、6時間以上走った日もある。3月にはもっと厳しく、僕の最大心拍数、大体180近くに上がるまで追い込んでいきます。
オリンピックでは極限までコンディションを上げ、今年のベストじゃなく、いままでの選手人生のベストを発揮したい。そこを目指してるので、モチベーションは高いですよ」
九分九厘不可能と見られていた逆境を跳ね返して
日本代表の座も九分九厘、いや、それ以上にほとんど不可能と見られていた逆境を跳ね返して掴み取った。代表選考期限を5日後に控えた昨年10月12日、代表争いのポイントランキング3位の増田は、最終決戦となったスペインのレースで2位の中根英登(30=NIPPO・デルコ・ワンプロヴァンス/プロコンチネンタルチーム ※今季はEFエデュケーション・NIPPO/ワールドチーム)を僅差で逆転。これは東京五輪の代表争いの中でも、最も劇的だった対決の一つに数えていい。
代表争い序盤の山場だった2019年6月、全日本選手権を終了した時点で、ポイントランキングは増田が201.8点で1位、新城が99点で3位、中根はさらにその下にいた。
しかし、新城は8月、イギリスのレースで72点を獲得し、計171点として増田を猛追。中根も10月のジャパンカップで70点を稼ぎ、計115点で4位に上昇している。
そして、昨年1月、新城はオーストラリアのツアー・ダウンアンダーで120点を獲得。計311点で増田を抜き、代表争いのトップに立った。新城がこのまま首位を独走して1人目の代表枠を手中に収めるだろう、と見られていたのには、自転車界独特の理由がある。