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選手村の寝具がたどった進化の歴史。
「もはやベッドはリカバリーの道具」 

text by

木崎伸也

木崎伸也Shinya Kizaki

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photograph byShinya Kizaki

posted2020/02/23 18:00

選手村の寝具がたどった進化の歴史。「もはやベッドはリカバリーの道具」<Number Web> photograph by Shinya Kizaki

高岡本州さん。

【選手村の寝具】
東京2020大会では、選手村を利用するアスリートたちにカスタマイズ可能な機能性寝具が用意されるという。競技者のパフォーマンスを左右するであろう睡眠を最新寝具はいったいどのようにサポートするのだろうか。

 五輪史上初の試みが、東京2020大会で行われようとしている。選手の体形に合わせ、マットレスをカスタマイズするというプロジェクトだ。仕掛けるのは大会公式パートナーの株式会社『エアウィーヴ』。創業者の高岡本州社長は、五輪の睡眠革命を起こせると確信している。

「体形や体重が違う人が同じ寝具でいいわけがない。マットレスを3つに分割し、ソフト・ミディアム・ハード・スーパーハードの4段階の硬さから、自分で選んで組み合わせられるようにしました。柔道の重量級の選手であれば、腰が沈まないように腰部分をハードにする。肩幅が広い水泳選手なら、肩部分をソフトに。選手自身がカスタマイズできるベッドを選手村に提供します」

 高岡が寝具に興味を持ったのは、24歳のとき交通事故でむち打ちを患ったのがきっかけだった。

「低反発のマットレスに寝ると、すごく肩が凝る。なぜいい寝具を出してくれないんだと疑問に思っていたら、ビジネススクールへ留学したとき『寝具業界は売場を取った者が勝ち』だと教わった。研究開発より売場確保が大事で、だからイノベーションが起こっていなかったんです」

 高岡の父は電力網のスイッチを作る会社を一代で築き、全国の電柱の半分に製品を供給するほどになっていた。高岡はそれに携わりつつ、倒産しそうな(釣り糸などの製造機器を作る)伯父の会社を引き継いだことを機に、寝具業界にイノベーションを起こすことを決意する。

「電力網のスイッチは社会のインフラ機器で、ベッドもそれと同じ生活のインフラだと思った。インフラなのでとことん研究開発をしなければならないと思いました」

 約3年の歳月をかけ、細い樹脂を鳥の巣のように編んだ独自の反発力を持つマットレスの開発に成功した。

「一番睡眠にこだわっている人に選ばれたい、それは誰だろうと考えていきついたのが五輪の選手でした。4年に1度の本番前日に寝るマットレスに選ばれたら本物だと」

大会を重ねるごとにカスタマイズが進化。

 まずは2008年北京五輪に向けて、国立スポーツ科学センターに商品を置かせてもらった。体験期間を経て「ぜひ使いたい」と希望したアスリートに対し、五輪時に持ち運べるタイプのマットレスを渡した。

 それがトレーナー経由で口コミで広がり、2010年バンクーバー五輪ではフィギュアスケートやボブスレーの選手などに提供。その中に浅田真央がいた。

「ぜひヒアリングしようと思い、2010年夏に真央ちゃんに会いに行きました。そうしたらすごく敏感な感覚を教えてくれた。腰が痛いから反発があって寝返りが打ちやすいのが助かるとか。翌年、スポンサー契約を結ばせて頂きました」

 浅田の広告効果は大きく、『エアウィーヴ』の知名度は一気に高まる。

「低反発が売りのウレタン素材だと、沈み込みすぎて寝返りを打つときに体にストレスがかかる。また熱もこもりやすい。一方『エアウィーヴ』は反発力が寝返りを助け、空気が通るので熱も逃げやすい。より深い睡眠を実現できます」

 2012年ロンドン五輪では選手にヒアリングし、体重に応じて異なる硬さのマットレスを提供した。2年後のソチ五輪ではさらに意見を聞き、マットレス1枚の中で部位ごとに硬さを変えた。そして2016年リオ五輪では、いくつかの競技で選手の体形を測定。こういった積み重ねの集大成が、“東京2020モデル”である。

「アプリも開発し、身長・体重を入力して正面と横から自分の体を撮影すると、最適なマットレスの組み合わせが割り出されるようにしました。もはやベッドはリカバリーの道具と言えます」

 今後、スポーツ界では寝具をカスタマイズするのが常識になるかもしれない。

高岡本州たかおかもとくに

1960年7月20日、愛知県生まれ。'83年に名古屋大工学部を卒業し、慶應大大学院で経営管理研究科修士課程修了。父親が経営する日本高圧電気に'85年に入社。スタンフォード大留学を経て、'98年に同社社長就任。そのかたわらで'04年に中部化学機械製作所(現エアウィーヴ)を継ぐ。同社は、樹脂素材を用いてマットレスを開発し'07年に「エアウィーヴ」販売開始。'08年の北京五輪よりアスリートのサポートを続けている。現在、高岡氏はエアウィーヴの会長兼社長、日本高圧電気の取締役を務めている。

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