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<夏の甲子園 記憶に残る名勝負>
'09年決勝 日本文理、猛追の裏で。
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph byHideki Sugiyama
posted2015/08/10 10:45
戦いを終えた両軍の選手たちは抱き合って健闘を称え合った。中央は中京大中京の堂林。
「春と同じだ」。9回2アウト、冷静になった。
日本文理の先攻で幕を開けた決勝戦は、6回裏に大きく動く。堂林らの適時打に守りのミスも絡んで中京大中京が大量6点を奪ったのだ。互いに2点を取り合い、6点差のまま突入した9回表、日本文理は2アウトから1番・切手孝太の四球と盗塁、さらに2年生の2番・高橋隼之介の二塁打で1点を返して反撃の狼煙をあげる。
続く武石光司の三塁打で2点目のホームを踏んだ高橋がベンチからグラウンドに目をやると、優勝を目の前にしているはずの中京大中京にただならぬ焦りの気配が漂っていたという。
大手広告代理店に今春入社したばかり、初々しいスーツ姿の高橋は言った。
「中京大中京はセンバツの準々決勝で報徳学園と試合をして、9回2アウトから堂林さんが打たれて逆転負けしてる。僕らもセンバツには出てましたから、それは知っていました。だからたぶん、同じ空気がしたんだと思います。やばい、春と同じだって。あそこで僕らのほうが冷静になれた気がします」
もしあれが裏の攻撃だったなら――。
東京、浜松、新潟と、すでに社会人となった9人に会うことができたが、それぞれの話から浮かびあがる当時の心象風景にはいくつかの共通点があった。高橋の指摘した冷静さ、あるいは無心。観衆の興奮が渦巻く甲子園で、そうした心理でいられたことは稀有な“つなぎ”の一つの要因だったと言えるのではないだろうか。
そして、もしあれが9回裏の攻撃だったなら――中村がパーではなくグーを出していたなら、いったいどんな結末を迎えていたのか。
何度でも思い返して楽しめる。それもまた、名勝負として語り継がれる条件の一つなのだ。
第4位にランクインした2009年決勝・中京大中京×日本文理戦。その最終回に打席に立った9人の選手へとインタビューを敢行しました。選手たちの息遣いがありありと感じられる記事です。他アンケートの結果、記事ともあわせ、ぜひ本誌でお読みください。