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F1はブリヂストンからピレリへ。
2011年の覇権を賭けた新たな戦い。 

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尾張正博

尾張正博Masahiro Owari

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photograph byAndrew Hone/Getty Images

posted2011/01/03 08:00

F1はブリヂストンからピレリへ。2011年の覇権を賭けた新たな戦い。<Number Web> photograph by Andrew Hone/Getty Images

ピレリがF1で活躍した時期は、第1期1950~1958年、第2期1981年~1986年、第3期1989年~1991年。前回の挑戦から実に20年ぶりの復帰となる

 史上最年少チャンピオンに輝いた男は、チームの地元オーストリアで開催された祝賀パーティに出席すると、3日後に再び初戴冠を手にしたアブダビに帰還していた。なぜなら、2011年へ向けての重要な戦いがアブダビで始まろうとしていたからである。

 ピレリ合同テスト――2010年シーズンをもって、F1の表舞台から姿を消すこととなったブリヂストン。そのブリヂストンに代わって2011年シーズンから、F1にタイヤを独占供給することとなったのがイタリアのタイヤメーカーであるピレリだ。11月18日から2日間に渡って行われた合同テストは、各チームがピレリのタイヤを初めて装着して行われる実車テストだった。

新タイヤを試せる貴重な機会に各チームのエースが集結した。

 タイヤはエンジンの駆動力を路面に直接伝える唯一のパーツであるだけでなく、剥き出しになっているフォーミュラ・カーの場合は、空力パーツとしてもエアロダイナミクスにおいて重要な役割を果たす部品となる。

 現在のF1は協定によって、テスト走行が規制されている。ピレリのタイヤを装着してテストできるのは、2010年は11月のアブダビでの2日間のみ。本来であれば休暇に充てられていても不思議はないシーズン終了直後にもかかわらず、各チームがこのテストに集結したのは、当然のことだった。

 各チームがいかにこのテストを重要視していたのかは、参加した顔ぶれを見ればわかる。レッドブルがチャンピオンに輝いたばかりのセバスチャン・ベッテルを呼び戻したことは冒頭で触れたが、そのベッテルに最終戦で逆転されてタイトルを逃したフェラーリは、失意に打ちのめされているはずのフェルナンド・アロンソをスタンバイ。メルセデスGPも皇帝ミハエル・シューマッハを参加させ、マクラーレンを除く全チームがエースドライバーを招集していた。

外形は同じでもブリヂストンとは大きく異なるピレリの特性。

 ピレリがアブダビ合同テストに持ち込んだスペックは2種類。ソフトとミディアムだ。ブリヂストンからピレリに変更となることによる大きな混乱を避けるため、ピレリが持ち込んだタイヤの外形の基本スペックはブリヂストンと同様となっており、同じホイールに組み付けられたタイヤは、そのまま車体に装着できるようになっていた。

 しかし、外見は同じように見えてもメーカーが変われば、開発のフィロソフィが異なり、それはすなわちタイヤの性格に違いが出てくるという事実に帰結する。それは初日のテストで走り始めからわずか20周足らずでリアタイヤの一部が完全に摩耗したという小林可夢偉のコメントが如実に物語っている。

「なんか知れへんけど、まともに走れなかったんで、ピットインしたんですわ。エンジニアにタイヤを見てもらって、サスペンションを調整してもらったら普通の状態に戻りました」

【次ページ】 調査のポイントは「コーナーリング中のタイヤの変形量」。

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