MLB Column from USABACK NUMBER

マニー・ラミレス移籍騒動の「マネー・ゲーム」 

text by

李啓充

李啓充Kaechoong Lee

PROFILE

photograph byREUTERS/AFLO

posted2008/08/05 00:00

マニー・ラミレス移籍騒動の「マネー・ゲーム」<Number Web> photograph by REUTERS/AFLO

 トレード期限の7月31日、レッドソックスが主砲マニー・ラミレスをドジャースに放出した。パイレーツも巻き込んだ三角トレードだったが、若手有望株二人をパイレーツに差し出した上、今季ラミレスの年俸残額(約700万ドル)を全額負担するという「熨斗(のし)」までつけての放出だった。一方、引き替えに獲得したのはパイレーツの主砲ジェイソン・ベイただ一人、「ラミレス+若手2人+700万ドル」という出費の多さを考えれば、常識的には「大損」のトレードだった。

 なぜ大損を承知でラミレス放出しなければならなかったのか、その理由を理解する鍵となるのが、レッドソックスが8年前にラミレスと結んだ期間8年・総額 1億6000万ドルの超大型契約である。今年が契約最終年だったが、レッドソックスは、今季終了時の成績を見てから契約を延長するかどうかを決める「オプション」の権利を有していた。もし今季の成績が悪かった場合は「もう高年俸に見合う力はない」と契約を打ち切ることもできたし、逆に、よかった場合は、年俸2000万ドルで来季も契約を延長することもできたのである。しかもラミレスとの契約には、来季終了時点でのオプションも含まれていたので、レッドソックスは、結果を見ながらラミレスを1年契約で2回雇うことが出来る(換言すると、いつ下り坂となるかわからない選手と多年契約を結ぶリスクを負わなくてもよい)という、他球団が羨むような立場に立っていたのである。

 逆に言うと、他球団が羨むほどだから、ラミレスにとって、これほど面白くない立場もなかった。というのも、レッドソックスが契約通り今季及び来季終了時にオプションを行使した場合、2010年のシーズン終了後に晴れてFAとなった暁にはすでに38歳、多年大型契約を結ぶチャンスは未来永劫やってこない可能性が高かったからである。一方、仮に、今季終了時にFAとなることができた場合には、たとえば、「期間4年・総額1億ドル」の契約を結ぶことも可能である。保証される年俸総額の違いを考えたとき、「レッドソックスにオプションを行使させずに、今季終了時点でFAとなる」ことが、ラミレスにとってはもっとも有利な選択となるのだった。

 ラミレスは、今季開幕前、代理人を「スーパーエージェント」の異名を持つスコット・ボラスに替えていた(ボラスは、A−ロッド、松坂大輔の代理人でもある)。結果から言うと、今季終了時にFAとなるために二人がとった作戦は、「トレード期限直前という抜き差しならないタイミングをねらって、ラミレスを放出せざるを得ない状況にレッドソックスを追い込む」というものだった。そして、その目標を達成するために、ラミレスは、次から次と問題行動を起こし続けたのである。

 数々の問題行動の中でも、レッドソックスがラミレス放出へと動く決め手となった事件は、7月23日のマリナーズ戦、25日のヤンキース戦に、ラミレスが「膝が痛い」と欠場、「職場放棄」をしたことだった。膝の故障など初耳だったレッドソックスはMRIによる精密検査を実施、膝に休まなければならないほどの故障はないことを証明した上で、「職場放棄を続けるなら処分する」と迫った。これに対し、ラミレスは、逆に、「レッドソックスは自分のような大選手がプレーするには値しないチーム。さっさとトレードに出せ」とメディアを通じて、チーム批判を繰り返した。

 優勝争いをしている大切な時期に、チームの主砲が職場放棄・球団批判を繰り返す事態に、これまでスター選手としてのわがままを大目に見てきたチームメート達も見放さざるを得なくなった。「ラミレスは自分の契約のことしか頭にない。FAになりたい一心でわざとチームに波風を立てているのだから、ラミレスを切らない限り優勝は不可能」と、フロントも選手達も意見が一致したのだった。

 しかし、いざ、トレードしようにも、「何としてもラミレスを放出しなければならない」事情を他チームに見透かされていたため、「若手二人+年俸残額負担」を付け加えた大損トレードに応じざるを得なかったのである。さらに、ラミレスはトレード拒否権を有していたので、本人の合意を得てトレードを成立させるためには「オプションの権利を放棄して、今季終了時点でFAとなることを保証する」ことが必要となったのだった。

 かくして、ラミレスとボラスの作戦はまんまと成功したのだが、ラミレスが今季終了時にFAとなることは、ボラスにとっても大きな意味を持っていた。というのも、レッドソックスがオプションを行使した場合、前任の代理人が結んだ契約であったため、ボラスには手数料は1セントも入ってこなかったからである。ボラスの場合、手数料は契約額の5-10%と言われているが、手数料収入を得るためには、ラミレスをFAにした上で「新規」契約を結ばせる必要があったのである。

 ちなみに、「FAになりさえすれば、4年・1億ドルの契約が結べる」と信じ込んで、ラミレスは問題行動の数々に及んだのだが、現段階でラミレスに1億ドルもオファーするチームなどないというのが衆目の一致するところである。ラミレスがまったく現実性のない1億ドルという数字を信じ込んだのはボラスに吹き込まれたからだと言われているが、ボラスにすれば、新規契約でありさえすれば、たとえレッドソックスのオプション額である2000万ドルに満たない額であっても、一向にかまわない勘定なのである。

 というわけで、今回のラミレスの移籍騒動の背景には、以上のような「マネー・ゲーム」が存在したのだが、当地のファンがなぜボラスを忌み嫌うのか、その理由が、日本の読者にも少しはおわかりいただけたのではないだろうか。

マニー・ラミレス
スコット・ボラス
ロサンゼルス・ドジャース
ボストン・レッドソックス

MLBの前後の記事

ページトップ