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キッシンジャーの「異常な愛情」は、
FIFAの底知れぬ闇を照らすか?
text by
田邊雅之Masayuki Tanabe
photograph byKYODO
posted2011/07/08 10:30
政界入りする前は、ハーバード大学で国際政治学の教鞭をとっていた“ドクター・キッシンジャー”。当時、そこで学んだ者の中には中曽根康弘元首相もいた。日本と中国、そしてアジア諸国にとっても非常に重要な役割を果たし、今でもその影響力は世界的にみても最大級である
豪腕ぶりを発揮し'94年アメリカW杯の誘致を成功させた。
かつてのようなカリスマ性はなくなったとはいえ、「キッシンジャー」という単語は欧米では特別な響きを持ち続けている。
88歳になった今でも、テレビやラジオ、あるいは各種のパネルディスカッションなどに、スペシャルゲストとして招かれているのが何よりの証拠だろう。ブラッターが彼の名前を口にした理由の一つに、外交の舞台で様々な難題を処理した手腕と実績、そして高いカリスマ性と知名度があったことはたしかだ。
とはいえ、往時のキッシンジャーを知っている人でも「なぜFIFAなのか?」と唐突な印象を受けた方は多かったのではないか。国際政治のフィクサー、あるいは外交評論家としてのキッシンジャーの姿とサッカーはなかなか結びつきにくいからだ。
ところがこのキッシンジャー、実は欧米では、サッカー界においても意外とビッグネームなのである。
彼は第二次大戦の頃に、ナチスの迫害を逃れてアメリカに帰化したドイツ系ユダヤ人だが、以前から大のサッカー好きを自認してきた。W杯は1970年のメキシコ大会から欠かさず現地で観戦。'94年にアメリカでW杯が開催されたときには、自らのコネクションと政治力を武器に大会を招致するために奔走した。
サッカーアナリストとしても「キッシンジャー博士」の慧眼ぶりを発揮。
そればかりか、キッシンジャーは2002年のW杯日韓大会の際には、なんとサッカーの傾向に関する次のような分析まで行っている。
「欧州の支配は、運動能力の優位ではなく、訓練された選手層の厚さと、コーチの良さに基づくが、選手の層は世界的に厚くなり、また欧州以外の各国の代表チームも欧州人の監督コーチを雇っている。韓国と日本は、欧州人の監督のもとでW杯の初勝利を得たばかりでなく、ずっと上位まで勝ち進んだ。かくして、欧州サッカーの比較優位は消滅する方向にあるのである」(2002年7月8日付、読売新聞「地球を読む」より抜粋)
いやはや、恐れ入りましたと言うべきか。今となってはもう取り立てて斬新な分析ではないにせよ、少なくとも見立ては間違っていない。「キッシンジャー博士のトーナメント予想」は今日でも、W杯の名物企画の一つとして定着している。
さらにキッシンジャーは、サッカーばかりではなく他のスポーツイベントにも様々な形で携わってきた。日本ではあまり報じられなかったが、かつてソルトレイク五輪の招致を巡り買収疑惑が持ち上がった際にも、彼はIOCの改革委員会の一員に名を連ねた経験を持っている。今回ブラッターがキッシンジャーの名前を出した背景には、こんな事情もあった。