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2世ドライバーの出世争い。 ネルソン・ピケ
text by
西山平夫Hirao Nishiyama
photograph byMamoru Atsuta(CHRONO GRAPHICS)
posted2008/07/28 00:00
「昨日の予選を17位で終えた時、これで週末のすべてが終ったと思ったよ。だけどチームの戦略の方向性がすばらしく、信じられない結果を手にすることができたんだ」
ハミルトンの驚異的な速さと、フェラーリの失速を上回る話題となったのが、ドイツGP(ホッケンハイム)における新人ネルソン・ピケの2位初表彰台だった。
第9戦イギリスまでの前半戦で、入賞はフランスでの7位1回のみ。それもチームメイトのチャンピオン、アロンソにその座を譲られた格好だったから、今回のドイツの2位表彰台は驚異以外のなにものでもなかった。
なにしろ名門ルノーに抜擢されながら開幕戦から予選21位→13位→14位……と、期待を裏切りっぱなし。時にトップ10入りすることなどあると、それだけでニュースになり、15位、17位あたりに沈んでも「ああ、ピケならそんなとこだろう」と、メディアには見離された状態で、ルノーのお荷物になりつつあるように見えた。そのピケが2位入賞を果たしたのだからまさに晴天の霹靂。しかし、それは単にラッキーだけで手にしたものではなかった。
予選17位は、アタックラップ中、ベッテルに行く手を阻まれてロスしたもので、金曜日午前中の滑り出しは10位、土曜日午前中の試走では7位と、ピケの調子は上げ潮ムード。チームメイトのアロンソが予選5位につけたことから見ても、ルノーはマシンのアップデートが功を奏してきていた。
それに加えて、このレースではピケが言うようにチームの戦略のうまさがあった。
予選17位という下位にあっては、いくらマシンが好調とはいえ、前車を抜きまくってポジションを上げることなど不可能。そこでライバルより多くの燃料を積んで再補給のタイミングを遅らせ、いわば“ピットストップで抜く”戦略を採るのだが、それもいわばセオリー通り。今回のルノーの作戦がよかったのは、1回ピットストップと見切ったこと。さらにレース中盤にグロックがクラッシュした瞬間、セーフティカー出動間違いなしと判断し、ピケをピットに呼び寄せたことである。ピケのピットインはグロックがクラッシュしたわずか8秒後。この好判断がなければ1回ピットストップ作戦も活きなかった。なぜならここで入らなかったとしたら後はライバルたちと一緒にピットインせざるを得ず、表彰台どころか8位以内入賞もおぼつかなかったからだ。
セーフティカーが退去し、レースが再開された時、ピケは3位に位置し、前にいる首位ハミルトン、2位ハイドフェルドはもう1回ピットストップが必要。その後、驚異的なスピードで失地回復したハミルトンには抜かれてしまったが、迫りくる同郷の先輩マッサをピケは頑として寄せ付けなかった。
いま、グランプリ・シーンにはネルソン・ピケ、ニコ・ロズベルグ、中嶋一貴と3人の2世ドライバーがいて、いずれも1985年生まれ。なかでもピケは3回ワールド・チャンピオンを奪った父を持つサラブレッドである。しかし、最も出世が遅れていたのも当のピケだった。ロズベルグがグランプリ3年目の経験を活かし、開幕戦で3位初表彰台。中嶋一貴は6位入賞。その後もニコ、中嶋が得点していくのに対して、ピケの不振は続いた。だが、第8戦フランスで7位入賞を果たすや、第9戦イギリスは今季予選最上位の7位になるなど、その才能が徐々に開花。一気に大輪の花を咲かせたのがホッケンハイムだった。
若いドライバーは開拓されていない未知の才能を隠している。それを引き出すのも本人の才能だが、チームとの巡りあいもある。ルノー(旧トールマン→ベネトン)はセナを発掘し、シューマッハー、アロンソをチャンピオンにするなど、新人育成には定評あるチームだ。
3人の2世ドライバーの出世争いはまるでオセロゲームのような様相を呈しながら、誰かがチャンピオンを奪うまでこれからも延々と続いていくだろう。