MLB Column from USABACK NUMBER
マーク・マグワイア 落ちた偶像
text by
李啓充Kaechoong Lee
photograph byGettyimages/AFLO
posted2006/12/05 00:00
1998年に、サミー・ソーサとの本塁打記録挑戦競演で全米野球ファンを熱狂させたマーク・マグワイア。引退から5年が経過、殿堂入り選考の対象となる資格を得たが、ちょっと前まで確実視されていた殿堂入りが、いま、「絶対無理」と言われるまでになっている。11月末、投票権を持つ全米野球記者協会員を対象にAP通信が実施したアンケート調査によると、回答者125人のうちマグワイアの殿堂入りに投票すると答えた記者はわずかに23人、殿堂入りに必要となる75%以上の得票には遠く及ばないという結果が出たのである。
マグワイアの評価がわずかの間にここまで急落した原因は、はっきり言ってステロイド使用疑惑だ。特に、昨年3月の下院公聴会に証人として出頭した際、ステロイド使用に関し「過去について話す気はありません」と、実質的黙秘権を行使したことが致命傷となった。筋肉増強剤使用を証明する直接の証拠は何も存在しないのだが、記者もファンも、マグワイアに対して「黒」の心証を抱く結果となったのである。
マグワイアの場合は、議会での「黙秘」、薬剤密売にかかわったディーラーの証言など、まだ状況証拠が多いのだが、他の選手の場合、「体格の変化」以外は、状況証拠すら存在しないことがほとんどである。ステロイド使用が蔓延し始めた80年代後半から現在まで、どの選手がステロイドを使い、どの選手が使っていなかったのかを、正確に分別する手だてはまったくないのが現状である。「ステロイドを使って上げ底の記録を作った選手を殿堂に入れたくない」とする記者は多いが、証拠がない以上、主観的・かつ恣意的基準で投票するしか方法はないのである。
しかも、これまでドーピング検査で違反が摘発された「スター」選手はラファエル・パルメイロ一人だけ、違反者は、中堅ないし無名クラスの選手がほとんどである。マグワイアの殿堂入りを支持する記者達が「薬剤使用者はたくさんいたが、マグワイアはその中でも優れた成績を残した」という論を展開することに対しても、あながち乱暴な議論と決めつけることはできないのである。
さらに、打者ばかりでなく投手にもステロイド使用者が多かったことが判明しているが、マグワイア擁護派は、「投手も使っていたのだから、条件は『互角』」という点も指摘している。実際、11月初めに50試合出場停止処分を受けたばかりのギレルモ・モタの場合、今季前半インディアンス在籍中は、防御率6.21(登板38試合)と不振を極め8月に解雇されたが、メッツに拾われて以後は防御率1.00(18試合)と、まるで「別人」のような大活躍をし、ステロイド使用が投手にも劇的効果を発揮することを「証明」した。ちなみに、検査で違反がばれた選手が常用する言い訳は、「使った覚えはない。サプリメントに入っていたのではないか」というものであるが、モタの場合は「愚かなことをしてしまった」と素直に罪を認め、逆に男を上げた。
ところで、初回違反者の処分が50試合出場停止と罰則が強化された後、最初の違反者となったのは、入来祐作だった。入来の言い訳も「サプリメントに入っていたのかもしれない」というものだったが、「意図的使用であろうとなかろうと、体内に薬剤が存在すれば違反」というのがルールである以上、選手の責任は免れない(MLBは、禁止薬剤の混入がないことが確認済みの「安全な」サプリメントを選手に販売している)。
違反を伝えた当時のニューヨーク・ポスト紙によると、入来の尿検体から検出されたのは、「痕跡量」のナンドロロンであったという。非常に長期間、体内に残存することで知られるステロイドだが、メジャー入りしたばかりの入来、ナンドロロンが体内に入ったのは日本時代であったとする仮説が成り立つ。もしこの仮説が正しいとすると、入来はメジャーでは何のルール違反もしていないのに、「日本時代の『違反』をアメリカで処罰された」ことになる。