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高橋由伸が下した決断 

text by

海老沢泰久

海老沢泰久Yasuhisa Ebisawa

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photograph byNaoya Sanuki

posted2007/09/19 00:00

高橋由伸が下した決断<Number Web> photograph by Naoya Sanuki

 ジャイアンツの高橋由伸がこの4月にフリーエージェント権を得たというので、その去就に注目していた。彼は逆指名でプロ入りした大物選手だからだ。

 近年は大リーグばやりで、それなりのレベルの選手は、フリーエジェントになる時期がくると、二言目には大リーグでやってみたいという。高橋はそのレベルをはるかに超えた選手だ。大リーグでやってみたいと思ったとしてもすこしも不思議ではない。

 ところが、プロ野球に逆指名が導入されたのは1993年秋のドラフトからだから、逆指名でプロ入りした大物選手たちがフリーエージェント権を得るようになったのは2002年からだが、その選手たちがフリーエージェント権なりポスティングシステムを使って大リーグに行った例はほとんどないのである。

 むろん、藪恵壹や大塚晶則、森慎二、入来佑作といった選手たちのことを忘れているわけではないが、彼らは逆指名でプロ入りしたことさえ過去の資料を見なければ思い出せない選手だ。ほかに井口資仁がいるが、かれはまったく不可解な“自由契約”という身分になって行ったのだから、例外ということになるだろう。

 それではどういう選手が行ったのかというと、松井稼頭夫、岩村明憲、岡島秀樹と、みな逆指名を利用できなかった高校卒の選手なのである。

 それにつけ加えるなら、フリーエージェント権を使った日本国内での移籍の例もない。

 いったいこれはどうしたことなのだろう。むろん、彼らはその球団が好きなので逆指名をして入団したのだろうから、その球団から動かないのは不思議でもなんでもないという論も成り立つ。

 しかし、つぎのような論も成り立つ。

 逆指名選手に対する裏金の存在だ。この春に問題になったライオンズのケースでは、正規の契約金以外に合計12億円の裏金を使っていたことがあきらかになったし、ベイスターズでは那須野巧一人に5億円を超える契約金を払っていた。おそらく、こうしたことはどの球団もやっていたことで、ぼくもある球団のスカウトから、ある選手に契約金のほかに東京都内に家一軒ほしいといわれたと聞いたことがある。そんな余計な、しかも人にいえない金をもらっていたら、フリーエージェントになったからといって、はいさようならというわけにはいかないだろう。

 それで高橋はどうするのかと思っていたのである。

 結果は、フリーエージェント権を行使しないでジャイアンツに残ることになるらしい。

 高橋と8月30日に会って話をした渡辺恒雄球団会長によれば、つぎのようなことになるのだそうだ。「以前2人でメシを食ったときから、将来の監督候補だから勉強をしておいてくれといってあった。王、長嶋、原とスター監督がきてだな、将来は高橋の時代がくる。永久に巨人でやってもらって、選手が終わったら中にはいってもらって監督業を勉強してもらう。一生食うに困らんようにする」

 すべてが約束された信じられないような条件だ。ジャイアンツの他の選手はこれをどう思うか知らないが、きっと高橋はこの好条件とチーム愛のために残留を決意したのだろうとぼくは思う。

 しかし、金のしがらみがないなら、フリーエージェント権を行使して大リーグに行ってもらいたかったとも思う。彼なら、松井秀喜とイチローを足して2で割ったようなプレーができると思うからだ。すくなくとも、守備と足は松井よりずっといい。まったく惜しい決断だったというしかない。

高橋由伸
読売ジャイアンツ

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