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東芝vs.トヨタ自動車 王者は進化する。 

text by

藤島大

藤島大Dai Fujishima

PROFILE

posted2007/03/08 00:00

 腕力と腕力、負けん気と負けん気、太い骨と骨、むき出しの体力と人格が存分にぶつかり、共鳴し、倒しては倒され、最後の最後に「感受性」が残った。

 東芝はチャンスとピンチの端緒を逃さぬ感覚をチームで共有できていた。筋骨隆々の男たちには不似合いなほど鋭敏かつ繊細にセンサーは働き、あやうい流れの芽を摘んでは、かすかな風向きの変化をつかまえた。

 開始直後、トヨタは、横-縦-横と迷いのない攻撃を仕掛けた。まさに怒涛の迫力。6分に先制PGを決める。

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 東芝は、最初のキックオフを受けて蹴り返してからは一度もボールを保持できなかった。挑む側、トヨタの充実は確かだ。気持ちよいほどの強さと速さ。個々の能力では少しも王者に引けを取らない。

 しかし、東芝は、次のキックオフを左へ蹴ると見せかけて右へ。長身のスコット・マクラウドを、小柄な赤沼源太と競らせてキープすると、そのまま一気に攻め立ててトライを奪った。まったく手出しの許されなかった6分間に3点を失い、直後、理詰めのアイデアから、たちまち5点(トライ後のゴールは失敗)を得る。

[ラグビー日本選手権決勝]東芝vs.トヨタ自動車― 王者は進化する。― ここから先にも「勝負の分かれ目」は幾つかあるのだが、あえて焦点を絞れば、試合の起ち上がりの一連の流れこそは結末を象徴していた。つまり東芝はトヨタの最高の攻撃を最小の被害に食い止めて、みずからは小さなチャンスを得点へ結びつけた。強靭でふてぶてしく、そして繊細だった。

 「ちょっとしたところの差が大きい」

 勇退を決めている東芝の薫田真広監督が試合後、記者団に囲まれて言った。

 後半、またもトヨタの猛攻が始まる。11分、鋭いサポートの赤沼がトライ(ゴール成功)。東芝は12-10と迫られた。流れはトヨタへ。だが、ここで東芝は崩れない。ゴール前のスクラムをしのぎ、トヨタの爆弾エース、1m86cm、92kgの快足WTB、遠藤幸佑の問答無用のぶちかましをはね返し、20 分過ぎ、まさに「ちょっとした」スキをついてボールをむしりとった。押し込まれ、耐えながら、なお相手の焦りと心の乱れを誘うような底力。いよいよ勝負どころの34分、36分にトヨタが続けて反則をおかすと、いきなり反攻に転じて、立川剛士が勝利を決めるトライを奪った。

 トヨタの渾身のチャレンジより逃げず、がっちりと受け止め、一瞬の切り返しから鋼鉄のような総攻撃を仕掛ける。これぞ円熟の王者の勝ちっぷりだ。

 すべてを終えて冨岡鉄平主将が明かした。

 「各チームが東芝に勝とうと対応力をつけてきて、それがコヤシになった。以前はモールでそのままトライがとれたが、そうはいかない。すると、こちらもモールの周辺を崩すなど対応して乗り越えていく。すでに東芝には現状維持という感覚はありません」

 打倒・東芝を公言してトップリーグを盛り上げたサントリーの存在も刺激になった。トヨタもそれで潜在力に火をつけた。そして標的とされた東芝も、激しいせめぎ合いにさらに力をつけた。

 もちろん根底には、薫田イズムともいえる頑固なまでの肉体の鍛錬がある。東芝の選手は体の幹が強い。

 トヨタの朽木英次監督は東芝との差を正直に認めた。「コンタクトが発生して、そこでボールにプレッシャーをかける力。また自分たちのボールにはプレッシャーをかけさせない力。そこでしょうか」

 昨季までの東芝は強力モールを前面に得点をたたみかけた。ダイレクトなラグビーに爽快感を抱くファンもいたが、力攻めに異を唱える声もあった。今季、モール対策は進み、圧倒的な優位性を失ったら、かちんかちんの樫の木から樹液が染み出すみたいに滋味が増した。これだから(人間の奥深さをどこまでも引っ張り出す)ラグビーはおもしろい。

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