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イビチャ・オシム「日本オリジナル、それが答えだ」
text by
木村元彦Yukihiko Kimura
posted2005/07/07 00:00
埒が明かないことは織り込み済みだ。サッカーにおける類稀な批評家であり、アフォリストであるイビチャ・オシムは、自らの言説が特定他者への批判にかかることを潔しとしない。それが一国の代表監督に対しての提起や提案であれば尚更、石臼のように口を閉ざす。同じサッカー監督として、他人の仕事のテリトリーに越境することは、リスペクトを忘れた無礼な行為と考えている。そして何より彼には、メディアに対する大きなトラウマがある。
'90年イタリアW杯で崩壊直前だった祖国を率いた最後の旧ユーゴスラビア代表監督は、分裂し始めた各共和国の思惑と連動した当時の国内メディアから、選手セレクトに対して凄まじいバッシングに晒された。
それゆえに、「あなたなら誰を使う?」という扇情的な問いに答えることを極端に嫌う。
一昨年の本誌にも記したが、ストイコビッチから、「自ら遭遇した中で最高の監督。日本のナショナルチームの指揮者にというアイデアが出て来るのも当然だ」との発言を聞いた。その事を伝えるとむしろオシムは身を硬くした。
「愉快な話ではない。私が野心を持って彼にそんなことを言わせたと思われてしまう」と、痛くも無い腹を抑えて黙ってしまった。
それでもオシムは口を開いた。コンフェデレーションズカップ・ギリシャ戦の翌日、ジェフ千葉の練習試合の最中であるにも拘わらず、直接的に傷を付けぬよう、配慮しながら、分厚い言葉を紡ぎ続けた。予定の時間を越えても話し続けた。埒は明かない。それでもヒントは見えた。何より彼にはこの国のサッカーへの深い愛情が、宿っていた。
──最近の日本代表をどう見ていますか。
「昨日のギリシャ戦は、とにかく勝てて良かった。ヨーロッパの人間に、日本のプレーを見せられたのはとても良かったと思う。2トップを敷いて、その後ろに中村と小笠原、さらに中田もついて、加地もどんどん攻めていた。攻撃的な意味ではすごく良かった。中澤を欠き、空中戦で手こずる部分があったのも事実だが、ジーコが攻撃的な布陣で行ったということがすごく興味深い。ただ、今のメンバーだけでワールドカップを戦うという風に決めてしまうと、実際Jリーグの質も落ちてしまうのではないかという危惧がある。そういう意味では、まだこれから、ワールドカップに向けて、他の選手にもどんどん機会を与えていくといいんじゃないか」
──W杯予選の戦い方については、どのような感想を持たれましたか。
「どんなプレーをしたかというのは重要ではない。予選というのは、通過することが第一目的だ。もちろんいいサッカーをして予選を通過できれば一番いいのだが、プレッシャーも大きいしそうはできないもの。日本はバーレーンや他のチームよりも良いチームだが、やはりあのようなシチュエーションでは何が起こるか分からない。ただ残念ながら、今は結果ばかりが求められすぎているところもある。負けたチームがどんなプレーをしたのか、中にはいいプレーをしているかもしれない。そういうところを見なくなってきているんだ。そんな風潮は正直サッカーというスポーツにとって、残念な、危険な部分だね。確かにリスクを冒さずにやって勝つこともあるだろう。ただやはり観客がサッカーを見に来ているわけだから、内容の良いプレーをしなくてはいけない。そう考えるのが本当だ」
──アジア各国を比較した時に、日本はやはり強大な戦力を持っていると思います。ただ日本人として少し心配なのは、果たしてジーコが招集すべき選手を見てくれているのだろうかということです。監督は昔、北はリュブリャナから南はスコピエまで、全土に足を運んで選手を見て、選んでいた。そういう視点がジーコには足りないように思うんですが。
「それはあなたの意見であって、私はそうは思わない。ジーコはジーコの目で、自分が信頼できる選手を集めていると思う。彼自身は日本の監督と直接関係を持っていないかもしれないが、別の人間を通して色んな選手を見ていると思う。ここで記者のみなさんが代表監督を批判するのは簡単だし、勝手だが、そういうことをしたって何もいいことはない。実際ジーコはアジアでもチャンピオンになって、そしてW杯の予選も通過したという結果を残しているわけだ。なのに、記者は必ず他に良い選手がいるだろうと言う。確かにもっといい選手はいるだろう。ただ、試合に出られるのは11人で、全員を出すことはできないんだ。でもこの1年間を考えれば、まだJリーグの中で若くて力をつけていく選手もいるだろうから、やはりそういう選手がこれからも代表メンバーに入っていけるような雰囲気を作ることは、リーグにとっても、W杯に出て行くチームにとっても大事なことだと思うね」
──直接ジーコと話したことはありますか?
「ないよ。何を話すことがあるんだ?― もちろん彼は話す必要がある人と話すだろうけど、まあウチのチームは代表もいないし。話すことはないじゃないか」
ワールドカップまで1年、
世代交代の必要性は?
──あなたは'90年大会の時に、大幅に選手を切り替え、かなり若い選手を使いました。あの時のヴェテランはスシッチくらいで、あとはカタネッチ(元スロベニア代表監督)が当時26歳。戦いながら、見事に世代交代を成し遂げました。今、若手がなかなか出てこない中で、この1年間で日本サッカー界がやらなくてはいけないこと、過ごし方のポイントを教えていただきたいのですが。
「未来のことを考えるということも大事だが、今日の試合に勝つということも代表には要求されている。私はあの頃、さらに2、3年の契約が残っていたし、もし戦争がなければ、'98年までチームを指導していてもおかしくなかった。そういう意味では確かに未来のことを考えて、若い選手を使っていたということもある。ただ今のジーコの立場を考えたときに、そんなに未来のことばかり考えていられない事情もあるわけだ。2010年南アフリカで勝たせる代わりに、今回のW杯の結果は大目に見てくれと、そういう状態ではない。若い選手じゃなくて、今一番力を発揮できる選手を選んでいかなければならない。ただ小笠原にしろ、福西にしろ、新たに台頭してきた選手でさえ、そんなに若い選手ではない。例を挙げればだけどね。実際に若くて、さらに周りから信頼されてしっかりプレーができる選手をグラウンドに入れられれば、それが一番いい事だと思うよ」
──特に世界を相手にした場合、両サイドの攻防が大きなポイントになると思います。今、残念ながら日本のサイドがうまく機能しているとは言いづらい状況ですが、監督がご覧になって各Jのクラブで伸びてきている、面白いんじゃないかと思っているサイドの選手はいますか。
「近代サッカーではサイドの選手は特に重要。4-4-2、4-5-1、あるいは3-5-2でも、サイドの選手が確かに鍵になってくる。グラウンドの真ん中は相手のディフェンスが多くいるわけだからね。日本にも昨日の二人も含めてウイングのいい選手はいるよ。もっとサイドから相手に切り込んでいく選手がいれば良いのだが、そういう選手を使うのは難しいだろう。だって中田、中村、小笠原という3人のポジションが確定しているのだから、現実問題としてサイドを重視している余裕は無い。ただ個々の選手については私は言う気はない。それは彼(ジーコ)の仕事だ。もちろんベンチにいい選手を置くことも大事だし、レギュラーの選手とポジション争いをする選手も必要だ。ただそれも彼が選ぶことだ。
ジーコには、尊敬するべきところがいっぱいあると思う。彼は日本人のメンタリティーも把握しながらチームを作っているわけだが、やはり彼はブラジル人だ。ブラジルのメンタリティーというものをうまく日本に浸透させていっていると思う。その証拠に、勝つためというよりはボールをつないで良いサッカーをしようとするブラジル人的な発想が、日本でも自然に受け入れられている。実際に昨日のギリシャ戦も、魅力的な、ボールをつなぐ試合をやっていた。ギリシャ人というのはヨーロッパの中でも最高に背の高い人種ではないが、わざと背の高いメンバーを集めて試合に臨んでいる。高さという部分が他のヨーロッパのチームに対してすごく効いていたわけだ。だからヨーロッパ王者になれた。その王者に対して、日本は動きでもボールをつなぐという意味でも負けていなかった。代表に関して言えば自分たちが持っているもので勝負するべきなわけで、そういう意味では日本のストッパーは背は大きくないだろう?― 宮本も大きくない、茶野も田中も大きくない。中澤が大きいと言ったって世界に比べれば大きくない。そこで自分たちが持っているもので勝負するというのが大事なんだ。FWだって別に大きいのを揃えないとだめだということはない。2トップの背が低くてもものすごく速ければ、その速い人間に合わせたクロスというものがある。だから毎回後ろからでかいFWをターゲットにロングボールを蹴るというようなサッカーをする必要はないんだ」
(以下、Number631号へ)