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甲斐拓也「真価が問われる、常に勝ちたい」15年前、大分で唐揚げを揚げていた育成6位が新加入巨人で担う常勝軍団復活という使命
posted2025/04/04 10:00

プロ入り後14年目のシーズンで大きな決断をした甲斐。捕手として真価が問われるシーズンとなる
text by

佐藤春佳Haruka Sato
photograph by
Hiedeki Sugiyama
キャンプインから約2カ月、新しいユニフォームもすっかり馴染んできた。
「慣れましたね。チームの動きや仕組みなど(ソフトバンクとの)違いは当然たくさんありますけど、戸惑うことは特になかったです。球団行事に参加するなかでジャイアンツの歴史や伝統というものにも触れて、ジャイアンツのユニフォームを着る特別感というものも感じています」
昨年オフ、14年間在籍したソフトバンクから国内FA権を行使して巨人に移籍する決断を下した。パ・リーグ優勝チームから、セ・リーグ優勝チームへ。32歳で選んだ挑戦には大きなプレッシャーを感じていると明かす。
「とんでもないぐらい感じています。びっくりするぐらい感じてますよ(笑)。理由は、ひと言で言えば、責任感……ですかね。日本のプロ野球界の中でもジャイアンツは伝統があって、常に勝たなければいけないチームだと思う。そういうチームにキャッチャーというポジションで来て、色々なものが求められる中で感じることはやはりたくさんあります」
入団会見では、決断の決め手として阿部慎之助監督の存在を挙げた。指揮官からかけられた「司令塔になってほしい」という言葉に、大きく心を動かされたのだという。甲斐にとって、自身と同じ捕手出身の監督のもとでプレーするのはプロ入り後初めてだ。
「野球人生は常に勉強だと思っているんです。色々と経験もしましたし、今まで試合も沢山出させてもらいましたけど、それってあんまり関係ない。まだまだ知らないことは沢山あるし、もっと野球を知りたい、勉強したいなという思いが強いです。だから阿部さんの野球というものを身近で勉強したいと思ったのは、もう本当に、素直なところです」
ソフトバンクでは正捕手として2017年から4年連続の日本一に導いた。侍ジャパンでは2021年の東京五輪で金メダルを獲得し、2023年のWBCでは世界一の頂点に立った。「優勝チームに名捕手あり」というのは故・野村克也氏の言葉だが、甲斐がまさにこの10年で最も「チームを勝たせてきた」司令塔であることは疑いようもない。
「そこに自分の野球選手としての真価が問われていると思います。勝ちたいですよ。常に勝ちたいと思っています。僕はプロに入れたこと自体が奇跡みたいなものなんですよ。そこから今があるのは、負けず嫌いというのが大きかったと思います」
育成6位からの叩き上げ人生
甲斐がその野球人生を「奇跡」と表現するのは決して大袈裟ではない。大分・楊志館高時代の2010年、三軍制の導入を発表したばかりのソフトバンクから育成ドラフト6位で指名を受けた。当時の甲斐はプロ入りなど夢のまた夢。地元の大学に進む予定で、野球はやめるつもりだったのだという。
「もう野球をする気はありませんでした。夏の大分大会も1回戦で負けて、僕、アルバイトを始めたところだったんですよ。地元の唐揚げの有名なお店で、朝は揚げ油の掃除をして、レジ打ちも勉強して、唐揚げを揚げて……。バイト5日目に当時の監督から突然電話がかかってきて『ホークスのスカウトが見に来るから練習しろ、バイトは今すぐ辞めろ』と。バイトは辞めたんですけど、5日分のお給料はありがたく頂きました(笑)。だから本当に、今こうしているなんて奇跡的なんです」