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「左利きの右ウイング、誰かいない?」本田圭佑がまさかの1試合限定契約…元日本代表助っ人が導いたブータン初の国際大会出場、その死闘と奇跡

posted2024/09/04 11:01

 
「左利きの右ウイング、誰かいない?」本田圭佑がまさかの1試合限定契約…元日本代表助っ人が導いたブータン初の国際大会出場、その死闘と奇跡<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

ブータン・パロFCで4番を背負ってプレーした本田圭佑

text by

木崎伸也

木崎伸也Shinya Kizaki

PROFILE

photograph by

Kiichi Matsumoto

 本田圭佑擁するパロFCか、ネパールの雄チャーチボーイズか。AFCチャレンジリーグ、プレーオフ。間違いなく最高峰ではない。しかしながら互いの思惑と誇りが交錯した泥まみれの死闘は、本場プレミアリーグにも匹敵する熱を、確かに帯びていた。
 発売中のNumber1103号に掲載の[ナンバーノンフィクション]本田圭佑「今夜、アジアの片隅で」より内容を一部抜粋してお届けします。

10歳の少年が夢見たブータンの奇跡

 すべての始まりはパロ空港の駐車場に設けられたささやかなスクリーンだった。

 ヒマラヤ山脈の東端に位置するブータンでは、伝統文化を守るために長らくテレビ視聴が禁止されていた。国民はテレビ放送の解禁を1999年まで待たなければならなかった。

 ただし、例外もあった。そのひとつがブータンに駐留するインド軍である。ブータン軍を訓練するためにインド軍から軍事訓練チームが派遣されており、彼らはパラボラアンテナを設置することができた。

 インド軍は国民との交流のために、ときおりパロ空港でテレビ上映会を開催した。'90年イタリアW杯の際には、西ドイツ対アルゼンチンの決勝を上映した。

 10歳だったカルマ・ジグメは、初めて見たサッカーに一瞬で魅了される。

 特に目を奪われたのはアルゼンチンのディエゴ・マラドーナだ。左足でボールに魔法をかけ、相手を翻弄する。試合こそ敗れたものの、マラドーナの輝きは勝敗を超越していた。少年はいつかブータンの地にサッカーの花を咲かせたいと思った。

 少年が創立したクラブがブータンに奇跡をもたらすのは34年後のことである――。

「負の歴史」を変えるべくなりふり構わぬ強化

 アジアの多くの国にとって、レベルを問わず国際大会は憧れの存在だ。W杯のアジア枠は8.5に拡大されたとはいえ、中堅国以下にとってまだまだ高嶺の花である。アジアカップの出場も24に限られている。アジアサッカー連盟(AFC)に登録する47団体の約半分は、他の大会に夢を見る場を求めなければならない。

 クラブシーンで長らくその受け皿になってきたのが「AFCカップ」だ。

 AFC主催のクラブ大会といえばアジアチャンピオンズリーグ(ACL)が有名だが、それに参加できるのはアジアにおけるエリート勢だけである。そこでAFCは下位カテゴリーの大会として2004年にAFCカップを創設した。日本では馴染みがないが、東南アジアや中東にとっては極めて重要な大会である。

 約10年前に「FIFAランキング最下位」として話題になったブータンにとってもそうだ。ブータン勢は過去にAFC主催大会で予選を突破したことが一度もなく、'16年からリーグ王者がAFCカップのプレーオフ(もしくは予備ラウンド)に挑み続けてきたが、一向に出場権を得られていなかった。対戦相手は同じ南アジアの国のクラブなのだが、ブータンはこのエリアでも後れを取ってしまっている。

 そんな負の歴史を本気で変えようと考えたのが、パロの名家のひとつ、カルマ一家のカルマ・ジグメによって'18年に創設されたパロFCだ。

 カルマはクラブの会長に就任すると次々に手腕を発揮する。自身が経営するホテルの敷地内に練習場を建設し、監督には大学で体育学の教授を務めていたプスパラル・シャルマ(通称プッシュ)を招聘。1年目にブータンリーグで2位になり、2年目に早くも優勝を果たした。

3度プレーオフに挑んだがすべて敗退

 しかし、その勢いをもってしても「南アジアの壁」は高かった。

 パロはこれまで'20年、'22年、'23年と3度プレーオフに挑んだがすべて敗退。ブータンの人口は約78万人にすぎない。選手層に限界があった。

 もはや通常のやり方では南アジアのライバルに対抗できないだろう。今年のプレーオフを前に、カルマはなりふり構わない強化プランを思いつく。それは「1試合限定で助っ人を雇う」というものだ。

【次ページ】 ブータンのビジネスマン対ネパールの牧師

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