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「F1レーサーは偉大だけど…」角田裕毅も愛用するヘルメットの老舗が、“F1用”のフルオーダーメイドを手掛けない“深い理由”
posted2021/08/22 11:01
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
Getty Images
モータースポーツの頂点に君臨するF1は、最先端テクノロジーの結晶。当然、レーサーの頭を守るヘルメットもフルオーダーメイド、もしくはフルカスタマイズと思いきや……。
「いえ、F1だからといって、特別なことはほとんどしていません」
こう語るのは「アライヘルメット」開発部の中里知直さん。かつてはプロストやマンセル、今季は角田裕毅が愛用する老舗中の老舗だ。
一般用のアライのヘルメットはFRP(繊維強化プラスチック)でできているが、F1ヘルメットは規定のため超高性能カーボンファイバーで作られている。角田の「GP-7」が税抜き約50万円もするのはそのため。だが違いは素材くらいで、安全性は遜色ないという。
実際に角田モデルを手がける中里さんも、「サイズはM。彼は少し頬がこけているので、あごの部分のチークパッドをワンサイズ太くしていますが、純正品をカスタマイズするというより味つけをした程度です。私の印象では、トップレーサーほど要求は少ない。彼らは集中力を研ぎ澄ませて戦うので、わずかな違和感は気にならないのだと思います」
つまり角田は、一般ユーザーとほとんど変わらないヘルメットでF1を戦っている。実際にカーボン規定がなかった時代のプロストやマンセルは、当時の一般ユーザーと変わらないヘルメットでレースに臨んでいたのだ。
「F1レーサーと一般ユーザーで命の軽重はありません」
一般ユーザーとF1レーサーが同じものをかぶる。ここにアライの理念がある。
取締役副社長の新井章仁が言う。
「F1レーサーは偉大な存在ですが、一般ユーザーと比べて命の軽重はありません。自身もライダーだった先代社長の時代から、私たちは事業の拡大よりも“世界一のプロテクション”を目指してきたのです」
世界一安全なヘルメットを目指すアライでは、職人が手作りする帽体という外側の部分を、抜き取りではなく、すべて二重検査している。またヘルメットには「スネル規格」という最上級の国際規格があるが、同社はスネルより厳しい自社基準をわざわざ設けて、安全性を担保しようとしている。こうした意識の高さは、全社員が自社製品を愛用するバイク好きが集まる会社であることと無縁ではない。
「私たちがF1に参加する大きな目的は、そこで得られる情報をお客様の安全に還元するため。ですから“ウチのをかぶってください”とお願いしたことは一度もありません」という新井副社長の言葉が深く印象に残った。